第73章 「白詰草の花嫁(3)光秀様編」
(そうだ!!)
私は手を胸の前で組むと、目を閉じる。
今、一番のお願いごとは……。
自分のことじゃないお願い。
(家康の怪我が大会までに、治りますように)
これから、毎日。
満月になるまで欠かさず……。
お祈りするから叶えて下さい。
「随分、念入りな願いだな」
目を開けると、すぐ隣で柵に両手を預けている明智先生と、目が合って……
「先生は、お願いごとしないんですか?」
「俺の願いは、満月になるまで待てそうにない」
「え…………。せ、先生!///」
急に視界に映る白衣。保健室の独特な香りに包まれ……数秒後、先生に抱き締められていることに気づき、声を上げた。
「願いは………」
先生は少しだけ離して、私の髪に口づけを落とす。
「先生………」
どうして……。
いつもの意地悪な先生と違う。
「校外は名前で呼べ」
それが、俺の願いだ。
「ひまり……」
初めて先生の口から溢れた、私の名前。まるで自分の名前じゃないみたいに、優しい声で呼ばれて……。
「み…つひで…さ…ん?」
自分の口から出た声。
いつもより少しだけトーンが下がって、聴こえた。
先生の独特な雰囲気が、私を少し背伸びさせる。
「もう少し、自然に呼べるように練習しておけ……」
今まで静かだった鼓動の音が、だんだんと膨らむ。まるで、新月が満月に向かって満ちていくように……その感じに少し似ている気がした。
「そしたら、大人として迎えてやる」
どういう意味かわからなくて、尋ねると……。先生は少しだけ笑って、知りたかったら早く呼べるようになれって、今度は意地悪そうに笑う。
「約束だ。精々、頑張るんだな」
何の約束かよくわからなくて、最後まで首を傾げていた私。
先生はそんな私に喉を転がす。
満月を待つ方がやはり早いかもなって、言った後。見たこと無いような微笑みを浮かべた。
先生に抱き締められたまま。
私はもう一度、月を見上げる。
新月。
何度も見上げても、
願いごとは、変わらなかった。
足元に沢山咲いた白詰草。
月の満ち欠けがない新月には、月明かりがなくて……。
帰る直前まで、気づかなかった。