第289章 あなたに何度でも(9)
本来なら口にしてはいけない。
しかし、まるで生気を失ったように呆然と月を見上げる家康を見ていたら答えずにはいられなかった。
「どうしても……どうしてもそれが必要なんですか?」
「あぁ。……どうしてもそれが……」
オルゴールを握りしめ、家康は裏に彫られたひまりの名前を指でなぞる。
「そうですか…………」
そのまま静かに隣で月を見上げた天女のひまり。しかし、あることを決意していた。
そして満月の前日……
「あなた!それを持ち出してはいけません!!」
「私は神と契りは交わしません!これで……彼に永遠の愛を誓います」
シャランッ。
鈴音が鳴り響く。
羽衣がひらひらと舞った。
そして……
「綺麗に咲いたね。心の花」
「うん……。翠玉と天鏡にも見えるの?」
「「勿論!」」
鏡の前で花の様子を見に来ていたひまり。その両隣で翠玉と天鏡は尻尾を揺らす。
「体冷えただろう?お茶でも入れるから中に入って」
「え……でも……」
「ほら!早く!」
「中に入って!」
それなら……使い魔の二人に背中を押され、しぶしぶ家の中に上がり込んだひまり。
信康は暫く目を閉じで意を決すると、湯飲みをひまりに手渡した。しかし……ひまりが口にしよとした瞬間、ハッと顔上げ……
手を伸ばす。
「……やっぱり入れ直してくるよ」
「え?いいよ?これで……頂きます」
「ひまりっ!それはっ!」
ゴクッ。
「あ……れ……急に眠気が……」
ガシャンッ……
「……………………ごめん」
横に倒れそうになったひまりを、
慌てて抱き寄せた信康。