第272章 天邪鬼の愛〜真紅〜(14)
さっきの大人しそうな女の子の声だった。
「ずっと我慢してきたけどっ!もう無理っ!!」
「はぁ?お前が付き合って欲しいって言うから、付き合ってやったんだろ!!」
困り出したスタッフさん。
隣から聞こえてくる罵声におどおどして、撮影どころじゃなくなる。数秒後、バタンッと勢いよく扉が閉まる音が聞こえ、女の子が出て言ったのがその音から伝わった。
「やってらんねえ!!」
男の子も続いて出て行く。
「家康!どうしよう!!」
「どうするも何も当人同士の問題でしょ?さっき、着替えてる時にアイツ。なんて言ったと思う?このまま二人でふけて、他の女に声掛けに行こうとか誘ってきた」
「え……」
家康の話を聞いて、私は言葉を失う。
「即、断ったけどね。あの二人は遅かれ早かれあぁなった」
「そんな……」
「お、お二人さん!撮影続けましょう!」
と、言われてもこんな状況では……。そう思って表情を落ち込ませると。
ふにっ。
頬っぺたを引っ張られた。
「……早く自分で気づいて良かったんじゃない?どうしようもない男だって。その方が傷も浅い……」
(家康……???)
そっぽを向いてボソッと呟く家康の何とも言えない表情。何処か悲しそうで苦しそうな……何故かその表情を見て胸騒ぎがする。
「では、ラスト!扇子で隠して顔を近づけて下さーい!」
どうして家康がそんな事を言ったのか……
この時の私には分からなかった。
「ひまり」
吸い込まれそうな翡翠色の瞳が近づく。
(家康……)
私達も喧嘩はよくする。
でも私には……
(家康だけだよ……)
そっと瞼を閉じた。