第250章 天邪鬼の愛〜中紅花〜最終章
月夜が髪を括るようになったのは……
高二の夏。
カラカラッ。
ーー失礼します……明智先生は……いないわね。
ーーふあぁ……よく寝た。
開いた白いカーテン。
保健室でサボっていた月夜の前で揺れた……
ポニーテール。
気高く高い位置で括られた黒髪。
窓から入り込んだ小風が、
サァ……
と、吹いたかと思えば……
清らかな夏の香りが鼻腔を擽ぐると不思議と風は止んだ。
「月夜?聞いてる?」
一枚の写真を見るかのように鮮明に残る記憶を手繰り寄せ始めた時、月夜の意識はマネージャーのやや高い神経質な声により、現実に引き戻される。
「あー。……また、電話して下さい。今日はここで」
別に愛想がない訳ではない。
ただ、無気力なだけ。
月夜は黒い乗用車から降りると……
三日月が昇る空を見上げる。
別に用事があるわけでもない。ただ、ぼっーと歩きたい気がした。眠そうな瞼をダランと垂れたトレーナーの袖で数回擦ると、ズボンのポケットから度が入っていない黒縁フレーム眼鏡を取り出すと、無造作にカチャリと掛ける。
そして、
長い前髪を全開に下ろし歩き出した。
そしてまた同時刻___
街から離れ山が手の届きそうな位置に見え、満天の星屑が幾分か近くに見える。空気は、はっとするほど新鮮であたりには静寂が満ちていた。
「わざわざ、ごめんね。こんな遠くまで送って貰って」
「いえ。女性一人で夜道は危険です。……と、言っても私では大してお役に立てませんが」
高い板塀で囲まれ、門は屋根のついた昔風の造りの一軒家の前。副部長と三成は別れの前に訪れる、なんとも言えない名残惜しい時間が流れる。
「そんな事ないわ。……ありがとう」
この日、初めて見せた儚げな副部長の微笑み。それに三成の胸は高鳴り……
一人でに手が動く。
最近、下ろすことが多くなった黒髪を一房掴むと三成はグッと距離を縮め少し前に屈む。
「では、また。……明日も図書室でお待ちしています」
額を両手で押さえた副部長に微笑む。そして、静かに頷いて家の中に入っていくのを見届けた。