第247章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(34)時が繫がるルージュ編
コンコンッ。
数回ノックしても応答がない。
信康はドアノブに手をかけ口を真一文字にして考えたが、音を立てないように細心の注意を払い冷たい感触を回す。
キィ……前に押せば開いた扉。
中を覗き込めば二人の姿はなかった。
しかし、ひまりの衣装はソファに皺にならないようにかけられている。それを見ればその内に二人がこの部屋に戻ってくるのが安易に予想できた信康は、ハンガーからジャケットを外し腕にかけると静かに鏡の前に移動。
蓋が閉められ、撮影用のルージュが置いてあるのを確認すると速やかに部屋から出ようとした時……
「信康くんっ!」
ひまりと鉢合わせ。
言うまでもなく隣には手を繋ぎ、しっとりと髪を濡らし着物の襟元から覗く胸板に雫を落とした、色情漂う家康も一緒。
「ご、ごめんねっ。心配して来てくれたのに……そ、の……」
「顔色良くなったね。……シャワー浴びて来たの?」
「う、うん」
返答に困った様子のひまりに気を利かせ、信康はそれとない話題を振る。
「ひまり、先に中に入って着替えてきたら?俺、その間にコンタクトとか余分ないか聞いてくるから」
「俺は、荷物取りに来ただけで……用事は済ませたから」
二人の顔を交互に見て、ひまりは頷くと扉に鍵をかけて着替えを急いだ。
家康も信康もその場から動こうとはせず、沈黙が暫く流れ……
「……ねぇ。そのジャケットに入ってた物……もしかして出した?」
破ったのは家康。
「もしかして、鏡の前に置いてあったルージュのこと?俺は知らないけど。スタイリストの人が出した……とか、じゃない?」
信康は眉ひとつ動かさず答える。
編集長にひまりの体調が回復した事の連絡、その序でにスタイリストを呼んでくると言って、信康は背中を家康に向けた。