第246章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(33)時が繫がるルージュ編
確かに天音ちゃんの事はまだ、心の何処かに……奥深くに残っているかもしれない。
でも……
「……何て言ったら良いかな……信康くんにね。私は気づくって、家康が自信を持ってたって聞いて……」
そこで一旦、言葉を切ると胸にあてていた手を伸ばす。
私はフードを被ったまま、全身を家康の香りに包まれるように背中にそっと両腕を回すと、撮影後の信康くんと交わした会話を思い出しながら、無意識で緩みそうになる口を動かす。
「……家康に謝らなきゃって。そう真っ先に思ったんだけど。その時、天音ちゃんのこと。少しも浮かばなかった」
新学期のあの日、確かに私は凄く傷ついた。目の前が真っ暗になるぐらい辛くて、涙が止まらなかった。それは今でも覚えているし、家康が私と天音ちゃんを間違えたことも忘れたわけじゃない。そう、ぽつりぽつり話しながら……
言葉を探す。
「ほんと…なんて言ったら。ただ、痛くなかったよ。今、その事を思い出しても……ちょっと、ビックリしちゃった」
出てくる声は決して暗くなくて、
寧ろ明るい。
「私の心が強くなったのかな?って、思ったけど………ちょっと、違う気がする。きっとその時の傷が一部になったんだよ」
「一部に……」
「うん。……気づかない間に、こうして一緒に過ごす時間とか、触れ合うあったかいぬくもりが……家康が……傷ごと私の心を溶かしてくれて……一つにしてくれたんじゃないかな」
だから、今はあの時の痛みを感じない。きっと、あの時に苦しい思いとか辛い思いとかして傷と知らず知らずに向き合って。心の傷として受け入れたから……
今度は息をいっぱい吸い込んで、ほっぺに空気を溜め込む。
ハムスターみたいな顔を上げて、ジッと数秒間見つめると家康は驚いたように少し頭を後ろに引いた。