第246章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(33)時が繫がるルージュ編
ずっと家康が私に見せなかった怪我。ううん、文化祭からずっと見せないようにしてくれていた怪我。
その事は薄々気づいていた。だけど、今、気まずそうに顔を横に向けた仕草でそれが余計に伝わった。表情も見えない、何か言葉を発した訳じゃないけど……今日この日のこれまでの家康の行動を振り返れば、すぐにそれは伝わる。
(……見たら…………私が心配するからだよね)
行き場のない感情が、自分を押し包んできて私は触れていた手できゅっと着物を掴む。それから、胸を膨らませて、息を時間をかけてゆっくりと吐き出した後。
「そう言えば………声、戻ったね?」
ひょこり、後ろから顔を出して鏡越しに笑いかける。するとそれが予想外だったみたいで、へ?って拍子抜けしたような顔がこっちに向いた。
腕の横に回って、
「ほら!ずっと、サンドウィッチに辛子かけすぎで喉痛めてたでしょ?もう、元に戻ってるから!」
「……あ……忘れてた」
「ふふっ。お陰で、ここに来る前に信康くんが先に現代撮影の衣装で呼びに来てくれたから、また………あ、……」
また?ズイッと家康の顔が近づいてきて、うっかり口を滑らした私は「え、っと……その……」別に隠していた訳じゃなかったから、もごもごしていた口を落ち着かせて正直に話す。撮影が終わるまで気づかなかった事、メイクルームに呼びに来てくれた信康くんを最初は家康だと思っていた事を。
「……ごめんなさい」
「……冗談。……謝らなくていい。俺があの時に言った言葉、聞こえてなかったみたいだね」
「あの時……?……もしかして……」
撮影の最後の方の……
ーーゴホッ…ゴホッ…
くまの縫いぐるみを差しだす直前、咳で聞き取れなかった言葉。
それのこと?そう尋ねると家康は体を横に動かして私と向かい合わせ立つと、ほんの少しだけ口元を緩めた。