第245章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(32)時が繫がるルージュ編
翠玉の背中はみるみる遠ざかっていく。夕焼けに色に染まったふさふさの尻尾はただの赤い点となり……
やがて景色の一部となった。
はぁー……。物思いにふけるかのように、ゆっくりと信康は息を吐き出すと足元に視線を落とす。
スエード素材の余計なギミックや素材のないプレーントゥシューズ。いかにも、大学生あたりがおしゃれ履として愛用していそうな今風の靴。
現代の服に身を包んだ信康は、
(後でひまりに適当に誤魔化さないとね。………撮影の後、落ち込んでいたから……もう一度チャンスをあげたって理由にしとこうか)
ひまりにまた騙される所だったと、拗ねられた時用にそれとない言い訳を考える。狐珠の効き目の確認とすり替える為に、メイクルームに行ったのだが……
「もうっ!家康かと思ったんだよ!」
後で会った時、今度は狸に化かされた気分だと頬を膨らますひまりを想像しては、クスリと信康は口元から笑みをこぼした。
しかし、次に足元から視線を空に移し、顔を上げた時には……表情に少し哀愁が漂う。家康の名を語った訳ではないが、言葉遣いや、動作を真似たりしたのは真実。
別にそんな必要は無かったと言えば、無かったのだが……
(『何か』を期待して、徳川のフリした自分も……どっかに……)
一瞬浮かび上がる何かの感情。それを振り切るように心の声をそこで途切らせた。
(狸なのは、俺じゃないと思うけど)
副部長達の気配を感じ、編集長に伝えに行くと言ってルージュをすり替えひまりから離れた後に……
ーーひまりに言った?次、俺がこっちの衣装着るって。
ーー……言ってない。
ーーそんなに自信ある?……間違わないって。
ーー……別に。ただ……ひまりはきっと……間違えない。
シャワールームから控え室に戻る家康と、すれ違いざまに交わした短い会話。