第245章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(32)時が繫がるルージュ編
「間違えない」
信康にはどっちの意味にも取れた。
自信を持って言い切った「間違えない」と、間違えても良い……けれどひまりは「間違えない」同じ言葉でも意味は違う。そしてその真意は、言った張本人である家康にしか分からない。
少し腑に落ちない表情で翠玉が戻り次第、控え室に戻ろうかと手首に巻かれた革製品の腕時計に信康が目をやると、今まで隣で静かにしていた天鏡が思い悩んだように……
「……なぁ、信康。いくら、花を早く咲かせ……」
喋り始めた時。
「戻ったぜーっ!」ひょこ。逆さ向きでまた顔が屋根の下から覗く。
「おかえり。……どうだった?」
「ばっちり!狐珠も神棚に戻って、花も五割?六割?ぐらいは咲き出して、色もいい感じに染まってたし……まぁ……じじ様は相変わらず……だったけど」
舌が絡まりそうなぐらい翠鏡は口を動かしたが、最後の部分だけは声のトーンを落とし、容態の状況が変わらないことをしみじみと話した。
そうか……。信康の整った顔に一瞬、影が落ちかけたがすぐに戻る。
「……そろそろ戻るよ」
「なぁ、信康」
「どうした、天鏡?そう言えば、さっき何か言いかけたよね」
天鏡はフワフワとした尻尾をシュンと落としていたが、顔と一緒にバッと上げ……風に金色の毛を靡かせた。
「日があまり無いのも分かってる。けど、もし……交わしていたら……取り返しがつかないことになってた」
「……分かっているよ。散々、それは聞いたからね」
「信康のやり方に反対する訳じゃない
。……けどさ………」
その先は言いにくそうに口ごもる天鏡に信康は近づき、ピンと二つ耳が付いている頭に手をポンと置くと……
「あまり時間がない。心の花を早く開花させないと……」
それに、……絶対に交わさせない。
意志のこもった強い声で……
「アイツじゃない。姫と交わすのは」
そう告げたあと、
口を一文字に結ぶ。
そして、控え室に向かう途中。
ーーや、く、そ、く!だよ!
「……っ!!!」
いつも前髪で隠れていた……
翡翠色の右目を押さえたまま、痛みが引くまで暫く……その場から動けずにいた。