第245章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(32)時が繫がるルージュ編
その様子を静かに見ていた翠玉は、
堪らず口を開く。
なら、わざわざすり替えなくてもただ狐珠だけ回収すれば良かったんじゃ?そう呆れた声で理解できないというように、首を振るが……
「狐珠を塗って異変があった。もしそのことを姫が後から気づいても、すり替えておけば大丈夫だからじゃない?」
普通のに戻ってる訳だし。
横にいた天鏡がすかさず口を挟む。
「……そんなところ。まぁ、ひまりは意識も朦朧としてたし、鈍感な性格だからね。……ちょっとぐらい不可解な出来事があっても大丈夫だろうけど……」
徳川はそうはいかない。
信康は広げていた手のひらを握り、拳を作るとそのままズボンのポケットにしまうと……
(……中で何してるか分かってる以上、術が解けたかいちいち様子を伺いに行けないからね)
ふーっと、
疲れを吐き出すように息をする。
術が解けた事を確認するのに、手元に狐珠を所持していたかったのが一番の理由だが……家康であれば部屋に置いてあった狐珠がこつぜんと消えれば間違いなく、不審がるだろうとも考えていた。その点ルージュをすり替えておけば、ひまりが後から少しばかり混乱しても「もしかしたら、自分がメイクルームの前で落としたのかもしれない」「それか、衣装チェックした時にスタイリストが気づいて持って行った」ぐらいに、思うだろう。
「とりあえず、俺は狐珠が元の場に戻った確認と花の様子を見てきてやるよ。ちゃんと、染まったか……万が一、解き方間違えていたら大変だからな」
「……大丈夫だとは思う。……だけど、頼むよ。それと、じじ様の容態もね」
了解!翠玉は鼻を指で擦りにんまり笑うと、ぴゅっと風の立つような勢いで後ろに飛ぶと……ばねのように膝を伸ばして階段の手すり部分に乗り上げ、忍者のように建物の壁や角を蹴りつけながら神社のある方角へ。