第245章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(32)時が繫がるルージュ編
晴れた空に、
ぱらぱらと降っていた雨。
夕陽がのぼりはじめた頃に雨が上がり、途切れた雲を不思議な色合いに変えビル街の風景を同じ色に染めていく。
そんな様子を非常階段の踊り場から眺めながら、信康は何か異変を感じたように微かに身体を動かすとある物をズボンのポケットから取り出した。
「あ!信康!それ、狐珠!?」
「何で持ってんの!?」
ずっと逆さ向きだった翠鏡と天鏡は驚いた声を上げ、くるっと二人は綺麗に一回転して同時に踊り場に着地すると信康の手のひらで光り出した狐珠をまじまじと見つめる。
「……コレ持ってないと、いつ術が解けたか分からないからね」
すり替えておいたんだよ。
そうぽつりと呟き、
「すり替えた?」「いつ?」不思議がる二人に事の次第を話した。
「ひまりの意識が朦朧としてる時にね」
先に撮影準備が完了した信康は、家康の髪にスタイリストが苦戦してあれこれ手を打っている間に、衣装の上着に入っていた本物のルージュをこっそり抜き取っていたのだ。
「徳川は俺が撮影に加わるのを知って、編集長に詳しい話を聞いてくる。そう、ぼやいて控え室を出て行った……暫くして戻って来た時に手に持っていたのを見たんだよ」
編集長にスカウトされた時、地面に転がった実物を見ていた信康は一目で撮影用のルージュだと分かり、立てた作戦。
ーーだ、いじょう……ぶ…。
ーーどう見ても大丈夫そうじゃないよね。……ちょっと、待ってて。編集長に言ってくるから。
廊下の壁際に凭れたひまりの手から滑り落ちた狐珠とルージュを、すり替えたのだ。それを、副部長は拾い控え室の鏡の前に。
「ちょっと借りて、戻しただけだよ。上着の中から消えてても、あの部屋の何処かにあればそう怪しまれないだろう?怪我隠すのには、必要みたいだからね。あのルージュは……」
完全に手のひらから消えた狐珠。
信康は暫くじっと見つめていた。