第55章 風待ち月(4)
(ヒメボタル。……見て見たいなぁ)
私は、リップを取り出そうとした手を途中で止める。ポケットの中でカサリと音がするのが聞こえ、今朝の手紙を入れっぱなしにしていた事を思い出す。
『このインラン姫』
インラン。
やっぱり、淫乱ってことなのかな……。
ただの嫌がらせなんだろうけど、今朝の黒板のこともあるから、ちょっと不安になる。
「ひまり、この唐揚げも食うか?」
「うん!」
私がまだ蛍のことでしょげていると心配してくれたのか、綺麗な箸づかいで私の口元に運ぶ政宗。深い空色の瞳に吸い込まれるように、顔を近づけようとした次の瞬間……。
ヒョイ!
「あ〜〜!!もう、何で家康が食べるの!?」
横から唐揚げを手で掴み食べた家康。
普段なら、そんな行儀悪いこと絶対しないのに!
「返してよ〜〜!」
「んぐっ!!……!!」
私は涙目になりながら、家康の襟元を掴んで揺らす。
食べ物の恨みは怖いんだから!
胸元を叩きながら、軽く涙目で睨んでくる家康に、私も負けじとキッと睨み返す。そんな私達に呆れたように肩を竦めた、政宗とゆっちゃん。
「幼馴染ってのは、良いもんか悪いもんかわかんねえな」
「まぁ、確実に発展するには色々と壁がありそうかもね」
「その方が俺には、有難いが」
二人がそんな会話をしているとも知らずに、
「もう!家康なんか知らない!」
「何なの。唐揚げ一つで……お子様」
「そのお子様に変なことしようとしたの、誰だったかな!?」
私は思いっきり、家康の耳を引っ張り頬を膨らませる。
「いっ!!……ってかあの本、ちゃんと秀吉先輩に返したし」
「秀吉先輩は、あんな本読まないもん!」
なら、本人に聞いて確かめたら?と言われ、聞けるわけないでしょ!と、一歩もお互い譲らず向き合いながら、言い合いを続けていると、背後から同時に肩をポンポンと叩かれ……
「おい、家康。変なことって何だぁ?」
「ひまり、あの本って?なぁに?秀吉先輩絡みは詳しく教えてくれないと?」
家康と私は同時に肩をビクッと鳴らした。
昼休みが終わる直前まで、梅雨晴れの青い空の下。
私達は、高校二年生のまだ青い時期を噛み締める。
幸せの時間。
これからも、大切にしていきたい。