第54章 風待ち月(3)
「消すなだと。家康が」
「え??」
政宗は少し不機嫌そうに顎をクイッと持ち上げる。その先を見るように視線を追うと、
「まじかよ!お前らやっぱ!」
「徳川、無愛想だけど男前なことすんじゃん!」
「……煩い」
何故か家康は黒板消しを片手に、クラスの男の子達に冷やかされ、髪をガシガシされている。
普段なら絶対見ない光景。
(ハートの割れ目が無くなってる)
さっきまでのギザギザ部分が消え、普通の相合傘に戻っているのを見て、私は瞬時に家康が消してくれたんだと思った。
私は、黒板消しを持っている家康の元に行き、何で?全部消さないの?と制服を少し掴んで聞くと、
「泣きそうだったから」
ハートが割れてる。って呟く声が。
「何で……」
俯いて言葉を飲み込む。
こんなの書かれたら、家康のが困るのに。好きな子にもし見られたら、絶対勘違いされるのに。
(何で、私は……)
「何で、泣くの」
「家康が…っ…優しいの、慣れて…ない…から」
何で、こんなに嬉しいんだろう。
私はスカートの上からポケットを握り締める。
「おい、徳川が姫、泣かしたぞ!」
「待ってろ!今、俺らが全部綺麗に消してやるから」
「……消さないでよ。ひまりが泣き止んだら、一緒に消すから」
家康はグズグズッと鼻をすする私の顔を、俺が悪者みたいだしと口を尖らせながら、シャツの袖で優しく涙を拭いてくれた。
皆んなに勘違いされ、
冷やかされながら……。
「今回は消すの余裕だし」
家康の好きな子がクラスの子では無さそうで、少しホッとする自分がいたのは流石に気付いてしまう。
背伸びして、必死に相合傘を消していた家康はもう隣にはいない。
けど、相変わらず
「何?また、消すの勿体無いとか言わないでよ」
天邪鬼な優しい家康がいる。
私は首を横に振り、
「これは愛合傘じゃないから。勿体無くないよ」
あの時とは違う笑顔を、家康に見せた。
相合傘じゃなくて、愛合傘。
ギッー……。
ガラスに爪先が立つ。
「面白くない、面白くない。家康君だけじゃなくて、他にも媚び売ってるインラン姫の癖に」
そんな二人の様子を、扉の小窓から見ていた一人の女。
「覚えてなさい」