第244章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(31)時が繋がるルージュ編※R18
慌ただしく撮影が始まり……
(あ……目が赤い。それに髪型も違う……)
ガラス越しでひまりはその変化を知る。
「家康くんは後ろからそっとひまりちゃんの腰に片腕を回して、もう一つ腕でガラスに肘をつけるポージングでお願いするよ」
編集長はひまりの気分を引き出す為、この撮影中のみ信康のことを「家康くん」と呼ぶ作戦。それは、スタッフもカメラマンも認識している。その事を知らないのは、スタジオ内で三成、副部長、ひまりを含んだ三人のみ。
「家康くん!そっとね!ひまりちゃんが驚かないように」
「ゴホッ……はい」
家康を真似てか、単に暖房が行き届き室内が乾燥していた原因で出た自然現象か……信康は咳払いを一つしてから、ぼんやりと窓から月を見上げているような表情を作ったひまりに近づくと……
ふわっ……
「……ひまり」
編集長に受けた指示どおり、背後から抱きガラスにつけた肘に体重を少しかけ、頭上で存在を確かめるように名前を呼んだ。
家康が特別な時に呼ぶような、
……愛おしい呼び方で。
「良いね〜久々に会えた感情。それを前面に出してくれ」
(久々にって……どんな感じだろう……)
ひまりはシャッターの音に意識がいかないように、集中する。そして心の中を探るように、ガラスにつけていないほうの手を胸にあてた。
戦から無事に戻り、自分の元に来て、こうしてぬくもりを感じる。それは奇跡ではないかと思い……
「……おかえりなさい」
そうしんみりと口にした。
見送る時は、
涙を堪え笑顔を見せ。
「……ただいま」
戻った時は、笑顔を見せたくても先に涙が溢れるのではないかと……乱世の女の子に感情移入をして堪らず涙を流した。
「ほ、ほらっ!縫いぐるみ!」
「あっ!はい!」
ひまりの作った世界観に完全に引き込まれていた編集長。反応が少し遅れたが、シャッターチャンスを逃すまいと慌ててスタッフに指示をして、くまの縫いぐるみを信康に持たせると……
「ラスト!!」
カメラマンがシャッターを切る。
「お見事だね。……けど、俺はーーーー」
感情が堰を切って漏れ出した……今のひまりに、その声は届かなかった。