第244章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(31)時が繋がるルージュ編※R18
……ドジ。
その耳にタコができるぐらい言われ慣れた台詞。でもそれを聞けば、顔を見なくてもすぐに誰か分かるから……
よいしょ!と、心の中で呟いて足に力を入れると私は真っ直ぐに体勢を立て直す。しっかりと踵におく重心を均等に整えてから、ようやく顔を上げた。
「ありがとう。ヒール履き慣れなくて……それより……ふふっ。さっき、サンドウィッチで辛子かけ過ぎたんじゃない?」
「ゴホッ。……かも」
そう冗談っぽく言えば、家康は顔を横に気まずそうに向けて口元の前で拳を作り、軽く咳き込む。
その立ち姿に、
(うわぁ……ちょっと織田先生っぽい)
胸がどきりと音を立てた。
黒のPコートに、白のタートルニット、黒のスキニー姿。普段なら中にパーカー着て、ジーズンを履くことが多いからその姿は新鮮。
「見過ぎ」とか文句を言われても、つい格好良くてまじまじと見てしまう。
似合うね!そう言おうとした時。
「ひまりちゃーん!」
後ろから忙しく走ってきたのは、
スタイリストさん。
(何かな?)
「ごめん!うっかり、コートとファーマフラーを渡すの忘れてっ……」
首だけで振り返ると、家康のぬくもりが手首からそっと消える。完全に身体ごとを後ろに向けた私の胸にスタイリストさんは、羽織らずこのままスタジオに持って行って欲しいと、説明付きでポンッと渡した。
そして、家康の姿をじっーと見るなり……
「さっき編集長から電話で聞いたから。まずは、簡単なヘアセットね!メイクは…どうしよう……遠目だから……次も……」
「???」
少し悩むような素振り。でもすぐに、道具を取ってくるから男性用のメイクルームで待っているように告げて、元来た道を戻って行く。
「……………後で行く」
家康は何故か長い間を置いてから、そう言った。先にスタジオに行っているようにも言われ、私は返事をするとまたヒールに気をつけながら背を向けて歩き出す。
すると……
「ひまり」
名前を呼ばれて、
「……似合ってる」
でもまた声がくぐもってたから……
また足元を見て歩いてたから……
反応に遅れちゃって。
きゅんって鳴る胸を押さえて振り返る頃には、歩き始めた家康の背中しか見えなかった。