第233章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(20)
ひまりの手首を掴んだままの手が、どっと汗ばむ。左目の瞼裏に見えた暗闇……その奥深くにぼんやりと浮かんだ月。
幻を見ているような不思議な感覚に襲われ、困惑と痛みがぐるぐる回り続ける。
(…………っ!)
「大丈夫!?どっか痛むの!?」
その声に引き戻されたように瞬く間にその光景は消え、痛みも嘘のようにすぅっと引く。
「待ってて!明智先生、呼んでくるっ!急いで病院にっ!」
開いたままの右目に、立ち上がってあたふたするひまりの姿がしっかりと見え……俺はゆっくり息を吐き出し、両腕を伸ばす。
「…………平気。……それより……」
本当は顔を見ながら言いたい所。
でも、あえて頭と肩を抱え込むようにひまりの顔を抱き寄せ……
「……泣くのは我慢させたくない」
本音を零す。
それが俺にとって一番堪える。
ーー辛い想いをした一番の理由。聞いてやれ。お前にとって、一番堪えるだろうからな。
一番辛いのは泣いてばっかりで、守って貰ってばかりで、何にも出来ない自分自身。さっきひまりは、そう言った。
けど……
守りたくて堪んない俺からしたら、甘えて貰えなくなるのはかなりヘコむ。
(泣きたい時に、泣かせてあげれないとか……)
くしゃりと髪を掴み、お互いの鼓動もお互いの息遣いも聴こえるぐらいくっ付いて、俺は耳元で話す。
「別に泣くから弱いわけじゃない。ひまりは十分強いし。だから……こんなに跡が付くぐらい我慢しなくて良い」
ひまりが泣くのは自分のことじゃない。殆どが人のことばっか。今回だって、俺のこと思って辛い思いして、泣いたら俺が気にするとか、俺の為にちゃんと受け答えする為にとか、そんな理由なんだろうけど……
「……じゃないと俺が辛い」
結局、俺は自分勝手な理由。
「………っ、…もう…っ、…私だって…い、っしょ…ひ、っ…く…」
自分も優先順位がひまりなのは、棚に上げといて……
心の何処かで……
これ以上……
強くならないで欲しい。
そう、願う自分がいた。