第232章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(19)
記憶の片隅に蘇ったのは、
家康のことを好きだと自覚したあの日のこと。
夏の大会で目を負傷して、家康が病院で診察を受けている間、診察室前での信長と父親のやり取り。
ーー本人は、たまたま掛かっただけだと。その一点張りだ。恐らく、警察沙汰になるのを避けている……。
ーー医師の立場ですと何とも言えませんが、親の立場から言わせて頂きますと、息子の一存に任せます。
ーーでも……っ!でも、もしかしたら失明してたかもしれないのに…っ!
あの時、ひまりが泣きそうにそう訴えれば……
ーーひまりちゃんも、家康の性格は知っているだろう?言い出したら聞かない。
家康の父親が見せた柔らかい笑み。ひまりはそれを思い出した瞬間、父親も信長と同じで……先を見越していて、そう告げたのではないかと。任せたのではなく、身を以て理解するまで家康自身は気づかないことをわかっていたのではないか……
今はあの時見た柔らかい笑みが、
少し悲しげな表情に変わりつつあった。
ひまりは視線を光秀に戻す。
「側についていても構いませんか?」
「好きにしろ。俺は織田先生と話をしに職員室に向かう。ここが空になるからな。側にいてやると良い」
「はい。なら、急いで家康と私の荷物を取ってきます」
「後で三成が昼食になるような物を届けると言っていた。……今回は特別に飲食を許可してやる」
光秀は心なしか柔らかい表情を見せ、顎に手を添えると再び回転椅子を鳴らし、ひまりに背中を向けた。
「ありがとうございます。きっと、目覚めたらお腹ぺこぺこだと思うから……では、失礼します」
すっかり食べそびれてしまった昼食。予定では、自由時間にグラウンドで販売している屋台のテントを回り、一緒に食べる約束を交わしていた二人だったが……
ひまりは少しだけ、人形のように長い睫毛を揺らすと光秀に頭を下げ、保健室を後にした。