第231章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(18)
信長は掴んでいた腕を下ろして、
ズボンのポケットに手を仕舞う。
政宗と光秀は、逃げるのを諦めその場に座り込んだ他校生二人腕を引っ張り上げ、しっかり話を聞けと言うように立たせた。
三成はかつてその想いに共感できる部分があり、信長の隣で頭を下げている他校生に近づき……
「どうぞ、伝えて下さい」
声を掛けた。
すると弟は顔を上げ誰かを見るわけでもなく、ガランとした空間に視線を向け、口を開く。
「長い間、追いかけてた」
家康の事は憧れでもあり、目標でもあった。しかし、あの夏の大会の決勝戦。
間近で両目を瞑っていても圧巻の強さを見せつけた姿に、震え立つほどの嫉妬が生まれたと……
矛先を何処に向けて良いのかわからなくなり、次第に弓が握れないほどにまで心が追い込まれはじめた矢先のこと。
「彼の……。徳川の強さは何か。改めて知りたいと思い、秋の大会を見に行った。そして、俺は……見てしまった」
ひまりはピクッと耳を集中させ、ぎゅっと唇を噛み締め次の言葉を待った。
「俺が足掻いて足掻いて、厳しい練習に耐えて耐えてずっと欲しかったものを、いとも簡単に彼女に贈るなんて……ほんと衝撃は半端なかったよ」
切なげに響いた声。
部活にすら行けなくなり、部長の立場としての自信もなくなり、心配した兄にその事を話しまい、今回に繋がってしまったと……
「ただ俺の実力がなかっただけだ」
弟の想いを全てを聞いたひまりは、悔しいのか嬉しいのか、悲しいのか、辛いのか恐らくその全ての感情を抱き、暫く何かを思いつめたように俯き、顔を上げる。
そして、支えるように寄り添っていた家康から離れ、弟の元に歩み寄った。
マントを胸の前で握りしめ、
長いまつげを揺らす。
「家康の強さはね。決して一言では伝えれない。でもね……大切な物を私にくれた」
自分が積み重ねた時間。
弓道にかけた想い。
全部全部それが一つになった……
そんな大切な物を、
自分に贈ってくれた。
「それが、家康の強さなんだと思う」
強さであり、強い優しさ。
ひまりが凛とした声でそう告げた後。真っ直ぐに見据えたのは……
「ひまり……」
家康だった。