第231章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(18)
カツンッ。
信長の登場は空気を切り裂くように、シーンと室内を静まり返らせる。
至って冷静な表情、沈着な声。
ズボンに片手を入れ、黒いマントに赤いベスト。目を見張るようなヴァンパイアの装いは、この場には似つかわしくない筈なのだが、今の状況には違和感など数ミリも感じないぐらい、溶け込んでいた。
光秀や、政宗達はスッと道を開けるように横に一歩。
(織田先生……)
黒板に背中を預け、秀吉に肩を支えて貰っていた家康。その反対側の脇に、すっぽり収まっていたひまりは、信長の冷静な奥に隠された凄みを感じて、心の糸が緩み、また張り詰めたような安心感と言葉には言い表せないものが、胸に沸く。
ひまりだけではない。
部屋の中にいる全員が何かを感じ取り、声を失う中。
革靴の音だけは、響く。
「え……?」
自分の前に落ちた影。真っ先に自分の元へやってきた信長に気づいて、家康は目を白黒させると……
すかさず、
頭上に新しい痛みが襲った。
「せ、先生!?」
「後で、たっぷりと仕置きしてやる。これだけで済むと思うな」
「…………」
家康は長い睫毛を片方閉じて顰めたが……信長から拳骨を食らった理由が、痛みが染み渡るのと同時進行で薄っすらと理解でき……
「大丈夫……?」
(ごめん……)
泣き腫らした瞳が、自分の瞳を捉える前にひまりの肩を引き寄せ、頭を預けると下唇を痛いほど噛み締んだ。
ひまりはその頭に頬を擦りよせた後、首を動かして家康の真ん前に立つ信長に向けると、ふわっと優しい重みが自分の頭には降り……
フッと軽く吐き出す息。
「怪我はないか?」
今度はしっかりと感情を含んだ声。
はい……。
そうひまりが返事をすれば、信長は身に付けていたマントの紐を解き、家康の片腕に抱かれた華奢な肩にそれをかけた。