第40章 「恋の和歌集(4)三成様編」
シーンとした館内。
気がづけばいつの間にか……
高校生達の雑談する小声が消えていた。
そして、
三成君の手の動きに合わせて、
漏れる吐息が耳につき始めた頃。
「仕方ないですね。でしたら、問題を変えさせて頂きます」
耳朶の軽い刺激が身体にビリッと走り、ゾクゾクと背筋に痺れが流れる。
(三成君、別人みたい……)
私の身体に触れる手が段々敏感な部分に移り、腰に三成君の腕がゆっくり回る。
陸奥の しのぶもちずり 誰ゆえに
乱れそめしに われならなくに……
(河原右大臣)
「この素晴らしい和歌のように、私の心を乱れさせているのは……」
一体、誰でしょう?
昇降口で目隠しされた時とは、全然違う。男の子じゃなくて、男の人の声。
(何、年下の子にドキドキして……)
人目を凌ぐように、本棚が私達二人を隠し。本の少し古さを感じる香りが、癒しを運んでくるのに……
「触りますよ……」
目の前の三成君は、色っぽくて私の心臓の鼓動を乱れさす。勉強してるはずなのに、いけない事をしているような、そんな気がして……。
頭に何も浮かばなくなる。
「わ、からない……」
スルスルと胸元に昇ってくる手を、押し返し私は降参と目で訴え、軽く首を横に振った。
もしこれが家康なら速攻ビンタ飛ばせるのに、三成君の独特な空気がそれをさせてくれない。
(ちゃんとコツを教えて……くれてるんだよね?)
三成君は私とって可愛い後輩。
優しくて、真面目で、意地悪したりしない。それが理由で目の前の彼に、強気でいけない自分がいる。
「本当に分かりませんか?」
頷くと、三成君は何を思ったのか私の手を自分の胸にあて、
「……これでも、ですか?」
手から伝わる振動。
高鳴る三成君の音。
こんな風に乱れさせる、
好きな子がいるって事?
どうして私に……?
三成君の意図は分からないけど、
「好きな子が、いるの……?」
それだけは分かる。
眼鏡の奥の瞳が開く。
それと同時に、
窓からけたたましい雨音が届いた。
「………時間切れ。みたいですね」
三成君はスッと私から離れて、
眼鏡を俯いたまま掛け直し、ただ一言呟く。
送っていきます。
そして
少し、切なげに笑った。