第190章 〜おまけエピソード(1)〜
都(京都)にて。
第六天魔王が隠居後、臣下だったある男が表舞台に立ち、ぼんやりとしていた平和が薄っすらと見え始める。家康は、その男と政務に力を入れ、都に来ていた。しかし、会議が終わり開かれた宴の最中、その表情は終始、憂鬱。
「家康、その仏頂面どうにかしてこい」
それを見兼ね、声を掛けた男。
「……ひまりに会うまでは、治りません」
「なら、俺が居なくても平気だろ?みたいな、台詞。言い残してくるな」
歳が歳。
流石に昔のように頭を撫でられることはないが、代わりにくしゃりと前髪を掴まれ、押し黙る。昔から兄のような存在で世話好き、いくら平静を装っても嗅ぎ付かれてしまい、執念聞かれ、渋々話したのだ。
「……酔い冷ましてきます」
赤みひとつない横顔を見せ、
「秀吉様〜〜」
「早くこちらに、いらして〜」
「家康様も〜〜」
手招きする、芸者達の甘ったるい声に嫌悪な色だけは浮かべ、宴会の場から姿を消す。
初秋の黄昏は幕が早く降りるように、夜へと変わる。せめて、離れていても同じ月だけは見ようと、毎晩欠かさず見上げていたが今夜は生憎の小雨。
漆黒の空はただ広がり、
侘しさを急き立てた。
取り出したのは、武運の守り。
手元に戻り、体の一部が戻ったかのように胸を撫で下ろして、そこに口付け落とす。
それから、暫く空を見上げ小雨の所為で庭園にも出れず、深まる冷たい風に、羽織の袂に両手を入れ壁に凭れた。
長年着込んだ辛子色の羽織。
愛する者がひと針、ひと針想いを込め丁寧に仕立ててくれたのが、ぬくもりとして今も尚、教えてくれる。
新しいのも何枚か仕立ててくれていたが、離れる時は必ずこの羽織を着用。
(そろそろ、着物が仕立て上がった頃)
今夜は此処に泊まり、迎えに行けるのは明日の夜。
ーー俺が居なくても平気みたいだね。
無理させている自分に腹が立ち、愛する者にぶつけてしまった感情。一刻も早く謝りたい。