第190章 〜おまけエピソード(1)〜
「都に家康様は近々参ると、その帰りにひまり様を迎えに寄り、金平糖を手土産にと申して……いえ、零しておられました」
「つまり、これを仕立てて待っていろと。随分、偉くなったな。あの馬鹿は」
「……お気分を害されたら、申し訳ありません。家康様は、ひまり様の事を想ってのご判断です」
今にも迎えに上がりたいのが本音。
しかし、ここ最近ひまりが自分に気を使い、無理に笑っていることに気付いていた家康。だからこそ、ここに身を置いて少しでも心の底から、笑顔で過ごして欲しいと望んだ。
使いの者は意志を伝え、
「では、守りを持って家康様の元へ戻ります。きっと、何かで繋がっていないとご不安でしょうから」
決して口には出しませんが。
そう、言い残して広間を後にした。
夕餉の時間。
膳の上に、腕をふるった得意料理を乗せ、天守まで運んで来た女。徳利を片手に酌をして、他愛のない話に二人は花を咲かせた。
そして天守を出る前に
男から使いの者の話を聞き、
反物と文を受け取った女は……
「もうこの柄が…似合う、よう…っな、若さは…ないのに」
大切に反物を胸に抱き、広げた文にぽたぽたと、雫を落とす。墨文字が滲み、読めなくなるまで、そこには涙が染み込んだ。
『ひまりは、いつまでも俺のお姫様だから。それだけは、これから先もずっと変わらない』
その日の夜から、寝る間も惜しみ着物を仕立てはじめる。目を擦り、コクコク時折頭を揺らしながら……
ただ、
早く会いたい。
笑顔を見せてあげたい。
昔も今もこれからも……
女は、その想いで溢れた。
いつまでも消えない、部屋の蝋燭。
男は襖を開け声を掛けようかと、
何度も部屋の前に来たが……
静かに立ち去っていた。