第190章 〜おまけエピソード(1)〜
同じく満月の夜。
女が石碑にいた頃。
男は二日城を開け、戻って早々に留守を任せていた家臣から、女が残した文を受け取り……
『父の元へ参ります。暫く身を置いて、親孝行が少しでも出来ましたら、すぐに戻ります』
溜息を吐いた。
「一人で行ったのか?」
「いえ、他用であちらに行く者がおりましたので、一緒に」
家臣は思い留まるように説得したのだが、お願いしますと、深々と頭を下げられ、夜にでもこっそり抜け出し、一人で行かれては一番困ると判断。渋々折れたのだ。その代わり、自分も近くまでは付き添い、安全な道中に出るまでは、送り届けてきたと報告。
「……そうか」
「一任されていたとは言え、申し訳ありません」
男は文を丁寧に折り、懐に仕舞うと家臣を下がらせる。そして、庭園に出ると月を見上げた。
乱世が終わりつつある今。
長年抱いた野望が近づく。
「……ほんと、笑える。良い年した大の男が……」
今にも走り出しそうな自分に嘲笑い、懐から取り出したのは……黄色の小花柄で、鹿を形どった守り。
想いを添い遂げる前に、愛する者から貰った武運の守り。
ある女と婚姻を結びかけ、その事で愛する者を突き放し、傷付けた詫びに贈った反物。その端切れで、当時、飼っていた鹿のワサビを真似て形どった守りを、後生大事に今も持っていた。
「贈った反物で作った小袖。確か、来世に置いてきたと、後から悔やんで……」
それを思い出し男は部屋に戻ると、筆を取り文を書く。そして、先ほど話していた家臣を呼んだ。
守りを差し出すと、
「これと同じ反物がまだ、呉服屋にあるかもしれない。訪ねて、この文と一緒にひまりに渡して欲しい」
無ければ、良く似た柄でも構わない。呉服屋に、その辺りは見立てて貰うように伝えた。