第190章 〜おまけエピソード(1)〜
他の者とは違い。
老いていく年月が、一人だけ遅れる。
しかし、それも十年以上の差は無いはず。
それなのに生まれ持ったモノなのか、神が与えたモノなのか……女の肌は、絹のように美しく、皺も目立つことなく、衰えてはいない。
「家康だって、少しも変わりませんよ?多忙な日々の中でも、大切にしてくれています。ただ……」
一緒に過ごせる時間は目に見えて減り、だからこそ過ごせる僅かな時間だけでも、笑顔でいようと心掛けていたのだが……
最近、自分を見る表情が痛々しかった。明らかに眉間には、老いて出来た皺ではなく、深い皺が不安として、刻まれていたことに気づく。
そんな中、久々に一日共に過ごせると聞き、喜んだ矢先だった。急用で中止。
ーーごめん。
ーー私なら、大丈夫だよ?気にしないで。
大事な時期に我儘など、良い年して言えるはずがない。そう思い、笑顔で見送ろうとしたのだったが……
ーー俺が居なくても平気みたいだね。
ーーえ……?
ーー……行ってくる。
そして、気がつけば此処に来ていたのだ……文を残して。
「そんな言葉を言わせてしまった。自分が嫌になってしまい」
男は一通り話を聞き、触れていた髪から手を滑らせ……
「貴様が、無理して笑うからだ。姿など関係ない」
頬を柔らかく包み込んだ。
「…………」
「かつての貴様は、寂しい時は寂しいと言えたではないか?共に過ごす時こそ、本音を語らずにいて何になる?」
その言葉は、深く胸をえぐる。
温かいモノだが的を得てすぎて、一呼吸するよりも早く、涙が一筋になり流れた。
「……っ…。ほ、ん…とですね。…な、にやって…」
泣きながら微笑む女。
偉大な徳川家康を、自分は歴史として学び知っていた。そして一時期は、自分の存在の所為で大きく歴史が変わり、偉大な徳川家康を消してしまうことを恐れた。
しかし、その不安を二人の男が取り除いてくれていたのだ。
「家康を久々に困らせてやれ。貴様らしくな」
一人はこの男。
歴史が大幅に変わらぬよう最善を尽くし、墓までも建て、自分の存在さえも犠牲に。
「はい……。お父様」
そしてもう一人は、愛する者。
徳川家康は自分が側に居ても、野望を成し遂げれると……今、証明してくれようとしていたのだ。