第190章 〜おまけエピソード(1)〜
時は戦を終わらせて、
平和な世へと移り変わろうとしていた。
徳川家康は、以前よりも多忙な日々を送り……女はそれを、覚悟も理解もしていたつもりだ。
しかし、頭と心は別の想いを抱く。
ある日の晩。
長月のはじまり、月光が石碑の前で、一人しゃがみ込む華奢な背中を照らす。
秋に変わり肌寒い夜。
静かに肩を震わせていた。
それを見兼ねて、背後からゆっくり近づいて来た一人の男。
口をゆっくり開く。
「……何をやっている。羽織も掛けずに」
自分が掛けていた羽織を脱ぎ、小さく丸まった肩にハラリと落とす。
「……あ、りがとう…ご、ざいます」
石碑の前に居た女は礼を述べ、目に溜まった雫を指で掬い、静かに立ち上がると……
肩に乗った、
白い羽織を胸の前でかき合せた。
「急に戻ってきたかと思えば。また、あの馬鹿が駆けずり回ってもしらんぞ」
「……文を置いてきました。すぐに戻ると。それに今は昔とは違います。私を探す時間も……ふふっ。それにきっと、以前みたいに、全速力では走り回れませんよ?」
顎に手を添えて「それは、私も同じです」そう付け足し、クスクス笑う姿。
それを見て男は……
「貴様は、……少しも変わらんな」
月の光を浴びた、
甘栗色の髪に触れる。
サァッ…ッ……サァ……
秋の初風。
少し荒々しい吹き込みが生み出す、不思議な間と沈黙。
その風は、
胸に小さく空いた穴も通り抜ける。
「……変わりませんか?」
女は俯き、ぽつりと呟く。
その言葉は、女には重くのし掛かった。
かつては天女だった身。自分に与えらた天罰として愛する者と引き裂かれ、時を越え新しい生を受け、人として生まれ変わった。
そして再び時を越え、今度は愛する者に与えられた罪を請け負い、天女に戻りかけ、自分の中で時の流れが一度狂ってしまっていた。