第2章 ベンチ
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……さて。これからどうしようか。
すべり台に背中を預け、だらしない格好で座る。
長谷川さんは、寝てるのかな……。
真っ暗な空には、ほんの少し紫色の光が射している。
私がここにやって来た時点で、もう真夜中だったからもうすぐ夜が明けるのだろう。
……朝日、見たいな。
立ち上がると、小さなすべり台の階段を一段一段のぼっていく。
私は幼い頃から病院にいたから、公園で遊んだ事がなかった。
すべり台、ブランコ、鉄棒、ジャングルジム……。
絵本の中に描かれた公園は、私にとって夢の国で何度も見ては憧れていた。
わくわくしながらのぼると、てっぺんは案外広く、周囲を囲うカラフルな柵は、どれも塗装が剥げかけていた。
あちこちには子どもの落書きがある。
暗い気持ちを払拭してくれるような、下手くそな落書き。
私は『へのへのもへじ』の落書きをそっと指でなぞってみる。
「それ、いい絵だろ?」
振り返ると、長谷川さんが笑っていた。
「ただの落書きですよ?」
「だからいいんじゃねぇか。子どもらしくてよ」
長谷川さんは私の隣にしゃがむと、
「この落書きは歌舞伎町のガキ大将、よっちゃんが描いた絵でな。こっちのはよっちゃんの腰巾着の……」
公園でよく子どもを眺めてきたのだろう。
よっちゃんが好きな子の側では無口になる、だとか。
よっちゃんの腰巾着は存在感が薄い、だとか。
よっちゃんのことばかりだけど、教えてくれた。
「よっちゃん、って相当強い権力者なんですね」
「いや今はそうでもないな。歌舞伎町の女王、神楽様が降臨したから」
「神楽様……?」
「よくこの公園に来るんだけどよ、かわいい顔して毒舌なんだよなぁ……」
「へぇ……」
ということは、このまま公園にいれば神楽ちゃんに出くわすかもしれないのか。
「でも何か……。楽しそうですね」
「そうだろ?」
にっ、と笑った長谷川さんに私も微笑み返す。
空を見上げると、紫色の光の中から明るい陽が顔を出していた。