第1章 花との出会い
リュネット・リブロン。
銀の髪に青い瞳を持つ、領主の娘。
驚くほど美しい彼女は、ひめさま、ひめさまと、熱狂的な領民の支持を持つため、最悪領主は死んでもいいから彼女だけは生け捕りにしろと命じられていた。
辿り着いた広間にて、彼女は父である領主に抱き締められていた。
宝石のように美しい瞳は涙に濡れて、それだけでも一枚の絵画のようだった。
そんな彼女は、父に縋り、何事かを懇願しているようだった。
しかし、領主は首を横に振り、娘の耳元に唇を寄せ短く言葉を残すと、彼女を突き放し、振り返らずに広間を出て行った。
残された、姫は。
呆然とその背を見送るだけだった。
―――心が砕ける音がした。
柱の陰から一部始終を眺めていたコヨネは、領主を追いかけることもできずにその場に立ち尽くしていた。
何を懇願し、何を拒絶され、何を囁かれたのか。
儚く美しい姫君は、たった今、この瞬間、心を無残に引き裂かれたのだ。
それは美しく繊細なガラス細工が、軽くて澄んだ音を立てながら粉々に砕け散る様に似ていた。
あまりの美しさに、目が離せなかった。
生まれて初めて、心が酷く揺さぶられた。
鮮烈に網膜に焼きついた。
(もっと近くで見ていたい)
震えながら、そう願っていた。
あの日からコヨネは、砕け散った破片を眺めることに熱中している。
戦が終わり、一時の休戦状態へ突入し、リブロンはボルテチノアの領土となった。
旧領主は一刻も早く戦いを終わらせるために自ら首を差し出し、その願いは叶えられ処刑された。
新領主は、領民に慕われていたその娘が据えられた。
力が無く思い通りにできるうえ、民衆の心象も良いというこれ以上にない駒だったのだ。
領姫リュネットは、ボルテチノアへの忠誠の証として改名し、新領主サラとなった。
コヨネは現在、そんな彼女の用心棒として近くにいる。
目を奪われた美しい壊れたガラス細工を、一番近くで鑑賞するために。
力を加えればきっともっと粉々になってしまう、美しいガラス細工。
そっと摘まんで持ち上げて、光に透かすような。そんな気持ちで眺めていた。
二章へ続く