第6章 彼女が憎いわけじゃない
「わざと仕事を教えなかったなんて酷くないか?」
「えー?でもそれは使えなかった夏川さんが悪いでしょう」
「そうそう。むしろ実力主義のテニス部になんでいるのか不思議ー」
「大変だなぁテニス部も。使えない奴を置かなきゃいけないなんて」
「なんかね、噂なんだけど榊先生、夏川さんのお母様に当たるお姉様に頭が上がらないんですって」
「ああ、それでテニス部に入りたいって言う夏川の我が侭を聞いちまったわけね」
「恥ずかしくないのかしらね」
「んー?」
「仕事が出来ないと判断されて、教える価値も無いと思われて、仕方ないから与えられた簡単な仕事をこなして。
あまつさえ、自分が仕事を完璧にこなしているって勘違いしていたことが、よ。わたしなら恥ずかしくてもう学園に来れないわね」
ざわざわ、ざわざわ
誰かの言葉は誰かの心に影響し、その誰かの言葉はさらなる波を呼ぶ。
そして、それから二週間ほどが経ち。
夏川莉香の人気は完全に暴落していた。
さすがに鈍感な夏川莉香も、そのことに気付いていた。
日に日に増える自分を指差す人間、ひそひそ声。
氷帝の生徒は矜持のため虐めなどと低レベルなことはしないのだが、それにしても空気だけはどんどん冷たくなっていった。
それに反比例するように、跡部史佳に同情する声は多くなっていった。
可哀想に、あんな足手まといに苦労させられていたのね、なんでも彼氏すら盗られたとか、
しかも夏川は付き合ってすらいないらしい、ええ、それって一番最低じゃない? 史佳さん可哀想…。
(なんで)
どうして、あたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの!?
夏川莉香は、やはり自身の非を決して認めようとはしなかった。
怒りは、全て跡部史佳へと向かう。
(あたしはトリップしてきたの! 愛されるためにきたの! この世界はあたしが楽しむためだけに存在するの!)
傲慢なことを考え、それを傲慢だとすら気付かずに、彼女は心の中で激昂していた。
怒りに駆られるままに睨み付けたその先には、人に愛され、信頼され、楽しげに過ごしている史佳の姿があった。
そこにいるのは、あたしでなくちゃいけないのに!