第6章 彼女が憎いわけじゃない
その日の内に、「夏川莉香が跡部史佳に仕事を押し付けていた」という噂は学園中に広まった。
ひとえに跡部ファンクラブの働きであるといえよう。
彼女たちの中には人望のある生徒も多く、噂には信憑性があると思われた。
莉香はもちろん必死て弁解したが、逆に不審を煽るだけだった。
彼女の『加護』が働いている者の中には、解けてしまうものすらいた。
解けなかったのはテニス部やクラスメイトなど、交流が多く好感度が最大値近くまで上がっている者だけだった。
しかし、彼らの中にも莉香を訝しむ人間は出てきていた。
「違う。莉香ちゃんは悪くない! 私が悪いの! 忙しさにかまけて、ちゃんと教えてあげなかったから!」
跡部に当初の打ち合わせ通り教室に呼び出された史佳は、あえて声を怪しまれない程度に張り上げ、視線を集めた。
注目の中、表向きは真摯に莉香を庇ってはいたが、その実、史佳の弁解を跡部がことごとく否定することで、野次馬たちにより強い『夏川莉香に対する不信感』を植え付けるのが目的だった。
「なんで夏川に仕事を教えなかった」
「い、いきなりやらせるにはちょっと難しいかなって…それに、みんなと話してテニス部に慣れるのは悪いことじゃないし…」
「それを、一ヶ月もか?俺様をごまかせると思うなよ。正直に言え、史佳」
兄の強い追求に史佳はぐっと詰まってしまう。
集まっていた者たちがもしかしてわざと仕事を教えなかったのかと思ったその時、彼女は再び口を開いた。
「ごめんなさい。正直、莉香ちゃんに頼むより自分でやった方が早いし、また酷い失敗をされて仕事を増やされるのが嫌で頼むのを避けていたところもあります」
深々と頭を下げ、反省の意を示しながら告白をする史佳。
その内容に、跡部は疲れたようにやっぱりな、と呟いた。
そしてこのやり取りも、あっという間に学園中に広まった。