第4章 罪に気付いて
いつも以上に疲れているようで、すぐにあの女が仕事を増やしているせいだと思い至った。
しかし、泣いている理由はわからない。
問い質してみても、なんでもないの一点張り。
結局その場はタオルを渡して立ち去るに留めたが、何なんだという疑問はずっと彼の中で燻っていた。
そしてその理由が、この間やっと判明した。
『忍足が史佳を振った』
忌々しそうに吐き捨てる跡部に、日吉は最初この人はとうとう頭が湧いてしまったのかと本気で思った。
しかし、相手のあまりの剣幕にそうも言っていられなくなった。
知らされた内容に、彼は冷たい怒りが自分の中から湧き上がるのを感じた。
彼らの恋は、美しかった。
他人事のはずなのに、自分が、この日吉若がそのままでいてほしいと願うほどに、優しい恋だった。
それを、突然やってきた部外者に、しかも自分が嫌悪しているような人間に壊された。
それは、例えようのない怒りだった。
『日吉君』
彼女のためとは言わない。
あくまでもこれからの行動は自分の苛立ちから来るものだ。しかし。
少しでも、彼女の笑顔が戻ることに繋がればと思う。
彼はそう願っていた。
「お前、引っ掛かってなかったんだな」
「まあねー。あの子俺のタイプじゃないし」
まだ人が集まっていない氷帝テニス部部室では、跡部景吾と滝萩之助が向かい合っていた。
二人ともソファーに腰掛けており、表情には余裕がある。
「すっかり騙されたぜ」
「跡部や日吉みたいにしてると、いざって時に警戒されるからね」
「はん、最初から追い出す気だったのかよ」
「まあ、跡部が動くだろうとは思っていたし。それにさ」
先ほど、『夏川莉香追い出し作戦』という、文章にしたら可愛げがある、実際はただの人を貶めるだけのそれに参加表明をした彼は、普段と変わらない微笑を浮かべた。
「実力のない奴がテニス部にいるの、純粋に不快だし」
その言葉に跡部は笑う。まったく持ってその通り。
彼は、楽しさすら感じていた。
役者は揃った。さあ、舞台からご退場願おうか、偽者のお姫様。