第1章 彼女という女優について
普通より、少し波乱のある人生だったと思う。
ドラマのヒロインや登場人物ほどにはかわいそうではないし、すごくもない。
ただ、「普通」という言葉の定義の曖昧さと秘められる差別性に思うことは多々あれど、いざ「じゃあ普通の人生だったと思う?」と問われると、口ごもりつつも否やと私は応えるのだろう。
生まれたのはここより北の土地だった。帰るには飛行機に一時間半かそれくらいは揺られている必要がある。
暖冬が多い昨今とはいえそれでもなお季節が巡れば大地は白く染まり、美しくも苦労の多い時期がやってくる。長い冬と、花々が一気に咲きそろう春と、駆けるように短い夏と、また長い寒さを予感させる秋が一年を彩る土地。そこで私は生まれた。
十五の頃に父が亡くなった。病気だった。判明してからたった二年で、いなくなってしまった。
父は祖父から継いだばかりの小さな工場を経営しており、周囲はずっとバタバタしていた。父は亡くなる前に身辺整理を頑張っていたので、従業員が路頭に迷うということはなかたけれど、また取締役になった祖父はとても忙しそうで、その背中は一回り以上小さくなって見えた。
母は始め、第二の家と決めた場所で、義理の両親とそのまま暮らそうとしていた。しかし、母を心配した実家は帰って来いと言っていたし、義母、私の祖母も「私たちは大丈夫だから、子供を連れて実家へお帰りなさい」と促した。
それくらい、そのときの母は疲れきっていたのだ。
父方の祖父母は、とても良識的な人たちで、そりゃあ違う家の人間だったのだから時にぶつかることもあったけれど、母を嫁としてそれなりに大事にしていたと思う。
だけど、それでも「ここまで疲弊した嫁を休ませられるのは実家だろう」と潔く身を引いて、工場のこと、これからのこと、たくさんの苦労が待ち受けていると分かっていたのに、母と私たちを実家へと送り出した。