第3章 【東京/四男/not腐/舞台共演】
「お疲れ様でしたー!!」
上演後の打ち上げで、グラスを持ち上げ周囲にいるたくさんの人々とぶつけ合い、音を鳴らす。その時に、目上の人のグラスよりも自分のグラスが下に来るよう、注意も忘れない。
チェーホフの四大戯曲が一作、「ワーニャ伯父さん」。
今日はその舞台の最終公演だった。
二十代で迎えられるにはあまりに豪勢な面々で構成されたその舞台は、これ以上になく楽しかった。
脚本と演出を手掛けた人は巨匠とも呼ばれる人で、その人からの打診だとマネージャーから聞いたときは「何かの間違いだと思うからもう一回聞いて」と思わず返してしまった。
「葵子ちゃんお疲れ!」
「松岡さんもお疲れ様です!」
無礼講となり、段々と皆が席を移動し始めた頃、この舞台の主役ともいえる「ワーニャ伯父さん」を演じた松岡さんが隣にやってきた。
とても気さくな方で、私のことを「本当の姪のよう」と言ってくださったので(社交辞令かもしれないが)、私も舞台をより良いものにするための和やかな人間関係の第一歩として、礼節は保ちつつも少し甘えさせてもらっている。
二十代半ば。年上の男性は寄りかかり過ぎず、しかし少し甘え、相手を立てる姿勢が一番無難と学ぶ。まぁ、人に寄るけど。
松岡さんの場合は、業界でも有名な面倒見のいいお兄さんなので、これぐらいが仲良く舞台をできる距離だろうと考えた結果だ。
業界の闇を避けて通り、どうにか未成年飲酒はせずに二十歳を迎え、最近やっと慣れてきたビールを口にしながら、舞台の興奮冷めやらぬまま、私たちは料理に舌鼓を打つ。
華やかな人だ、と思う。
私のような、何かを間違えてここにいる芸能人の皮を被った凡人とは違う、本当の、正真正銘の、「輝き」を持っている人。
出身地が偶然にも同じだったので、舞台当初は主にその話で盛り上がった。
ちょうど稽古の期間に祖父母がいくらなどを送ってくれたので、おすそ分けをしたらいたく喜んでくれたものだった。