第3章 【東京/四男/not腐/舞台共演】
「ほっと息がつけるんだわ!その時、わたしたちの耳には、神さまの御使いたちの声がひびいて、空一面きらきらしたダイヤモンドでいっぱいになる。そして私たちの見ている前で、この世の中の悪いものがみんな、私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな――世界じゅうに満ちひろがる神さまの大きなお慈悲のなかに、呑みこまれてしまうの」
今まで編み上げてきたこの物語の、終盤。
私の最後の立ち振る舞いが、この舞台の最終的な価値を決定づけると言っても過言ではない。
ここで観客を、最高潮に酔わせなければいけない。
作品の中に引き込み、固唾を飲んで私の仕草、言葉全てに注視するように仕向けなければいけない。
私が失敗すれば、この長く壮大な舞台を作り上げた全ての人への侮辱となる。
それだけは避けなければいけない。
一緒にこの舞台へ立った皆の思いを、美しく昇華しなければ。
「そこでやっと、私たちの生活は、まるでお母さまがやさしく撫でてくださるような、静かな、うっとりするような、ほんとに楽しいものになるのだわ。私そう思うの、どうしてもそう思うの」
ふと顔を上げて、涙を流している伯父に気付くソーニャ。
立ち上がるとハンカチを取り出して、その涙をそっと優しく拭う。そしてその両頬に優しく手を添えて、額を擦り合わせた。
「お気の毒なワーニャ伯父さん、いけないわ、泣いてらっしゃるのね」
可哀想な伯父さん。そんな彼に、私が演じる「ソーニャ」は、生きましょうと語り掛けるのだ。
私は役に入り込むタイプではないし、まして感覚で演じる天才肌ではない。
周りから自分がどう見えるのかを計算し尽くして、騙し、欺くのだ。
私こそがソーニャだと、観客に信じ込ませるために全神経を集中させる。
役の話し方、立ち方、歩き方、表情。小説家の弟の手も借りて、いつだって私はこれでもかと役を作り込む。それだけが、才能のない私の、唯一出来ることだから。
「・・・あなたは一生涯、嬉しいことも楽しいことも、ついぞ知らずにいらしたのねえ」