第11章 松栢之操【ショウハクーノーミサオ】
その音が聞こえた所に目を向けて見れば……
俺の夜着を両手で確りと掴み、切な気な表情で俺を見上げるの口がぱくぱくと動いている。
「の……なが…ま…」
『信長様』
そう言いたいのであろう。
嗄れた老婆の様な声であったが、俺の耳には天女が転がす鈴の音よりも清らかに聞こえた。
「……なが…さ…ま…?」
自分の発している言葉が俺に伝わっていないと思ったのか、の表情が不安に揺れている。
だから俺はその目を見つめ返して返事をした。
「はい。」
途端にの顔がほっとした様に綻ぶ。
「の……が…ま。」
「はい。」
「……ぶなが……ま。」
「はい。
どうした、?」
嬉しさを抑え切れないとばかりに何度も俺の名を呼ぶ。
呼ばれる度に返事をしてやりながら、その余りにも可愛く愛おしい姿に堪らず俺は破顔する。
俺の笑顔を見たも安心した様に微笑むと、突然背伸びをして手を伸ばし、俺の頭をそっと撫で始めた。
その行動に俺は息を飲み………そして気付く。
淋しかったのはでは無く、俺であったのだ。
少なくともには、張り出しに一人佇み城下を見下ろす俺が淋しそうに見えていたのだ。
だから、俺を慰める為に……。
『一人で成し遂げねばならぬ』など、俺は何を自惚れていたのか。
これから先、俺の傍には常にが居る。
生涯訪れる筈の無い平穏を、貴様が俺に齎してくれるのだ。
畏れる物など、迷う事など、もう何一つとして無い。