第5章 purple
溝内くんが「先に行ってますね」と言って
打ち合わせのその場所で
亮介さんと二人きりになる。
「どうしました?」
「…ちゃんさ」
「はい」
「松本くん?」
「……はい?」
亮介さんが笑っていない。
「亮介さん、なにがです」
「違ってたらごめん、
今は松本くん、なの?」
亮介さんが私の手に触れる。
久しぶりに触れられたその長い指に
体がビクッと反応する。
「…や、やめてください、
仕事中ですよ」
亮介さんの手を払うように
視線も一緒に逸らす。
「…ほんと、何やってんだ俺は」
とまたあの嘘の笑顔に
胸の奥が痛む。
「亮介さん、行きましょう!
きっとあれです!ご飯食べれば「飯食っても」
私の言葉にいつもは大きな声を
出さない亮介さんが
少し強めに言葉をかぶせた。
「ちゃんを
他の男に取られたくない独占欲は
埋まらない」
なんで
なんで全てが
このタイミングだったんだろう。
なんで亮介さんは今独りで
なんで私には好きな人がいて
なんで一緒に働けて
なんでそんな悲しい顔で笑って
なんでその言葉を口にして
なんで
なんで
なんでまた私を惑わすの。