第2章 『酒場の女』
他のテーブルの世話をしながら、常連客の彼を盗み見るのが私の楽しみだ。
この店の給料が安くても、店主や客のセクハラがあっても、この店で働き続けているのは彼がこの店に来るからだ。
夕食の時間が過ぎ、酒を飲みに梯子をしてくる客が増える。
やんややんやと盛り上がる客らの酒の肴は、若いのにこの時間まで働いている私だ。
若いと言っても、世間では行き遅れと言われてもおかしくない年齢だろう。
だが、鼻の下を伸ばして、いつ私のお尻に手を伸ばしてやろうかと画策している、親父たちには良いつまみだ。
「もう! 注文じゃないなら呼ばない! 呼んだなら何か頼みな!」
いつもの事ではあるが、なるべく、なるべくあのお客がいるときはやめてほしい。
はしたなく大きな声を上げる所なんか見られたくないし、下衆な男どもと仲良くしている所を見られたくない。
しかし、今夜の客はしつこかった。
「ちょっと!」
大きな声を出さざるを得なかった。
まぁ、深夜遅くまでやっている酒場だ、少しくらい、隠れて触るくらいは許してやっている。それでも、叩いてやるが。
あからさま過ぎだ。
「減るもんじゃねぇし、なぁ」
「あたいの乙女心は減るだろう!」
乙女心なんて、年甲斐もなく恥ずかしいが、あっちも常套句ならこっちだってそれなりのいつもの文句を返すべきだ。
「なぁ、ねえちゃん。今夜これからどうだい?」
「そうだね! 今夜これから、あんたの奥さんに今までの付けの請求、しにいかないとね!」
そうじゃあねぇよ。と長年の土木作業で黒ずんだ手が私の尻へまた伸びてくる。
いつもの通りお盆で叩いてやろうと手を振りかぶった時、誰かにお盆が取り上げられ、酒場の雰囲気がぴりりと変わった。
「嫌がっている。いつものことで酔っているとはいえ、嫌というお嬢さんに無理強いは良くないな?」
あの客だ。
いつも勝手に待ち焦がれていた、ゆったりとした大人の雰囲気がこの酒場に似合わない背の高い男。
「やっちまえエルヴィン!」
「よせハンジ。エルヴィンも事を荒立てるなよ」
「……ちっ、めんどくせえ」
酒場では日常茶飯事の揉め事。
でも、いつもと違うことは、彼が仲間を連れてきていたことと、彼が立ち上がって静止したこと。