第2章 『酒場の女』
「まっすぐ家へ帰るんだよ!」
最後の客を見送って、店長と共に店を閉めて家に帰ったこの日が、今日から数えて一週間前。
カラン。
軒先に吊るしたベルの音、入って来た客は、この酒場が似合わない男。
「やあ、一週間ぶりだ。いらっしゃい」
「ああ」
今日はひとりなんだね。なんて軽く話をする。
「どうしてここで働いているんだ?」
ガコ。とビールのジョッキを彼のテーブルへ置く音と共に、そう言葉を投げられた。
「どうしてってかい? そうさね、あんたの顔を見るためかな」
「それは嬉しい。では、私は。いつでも無事にここへ来なければならんな」
無事に?
「ああいや。忘れてくれ」
名前も知らない、不思議な男だ。
騒ぎもしない、文句を言うでもない、ただこのうるさい酒場で一人静かに酒を飲む。
そして時たま、つらそうな顔をする。
「すまない、今日はもう一杯くれないか」
「もちろん」
大変な仕事をしているのだろう。
店主に黙って、つまみをサービスする。常連だ、少しくらいは良いだろう。
「飲みすぎんじゃないよ」
「そんなに酒に弱そうに見えるか」
「あんまり呑んでいる所を見ないからね。そうじゃないのかい?」
空いたジョッキを引き取りながらそう言えば、小さく逃さぬよう鋭い声でこう言った。
「確かめるために、今夜、付き合ってみないか?」
「あたい、後一時間で仕事が終わるんだ」
「呑んで待っている」
たぶん。私はこの時のためにここで働いていたのだと思う。
・・・