第4章 『温泉』
そうじゃろ。と楽しそうに岩の向こうへ向かって、たっぷりとお湯を吸って重くなった尾を絞る天狐。
牡蠣殻はその様子を珍しげに見つめながら、傍らにひっそりと置かれていた、お猪口を二つ手に持ち、一つを尾から手を離した天狐へ渡す。
「でも、不思議と主らは惹かれあっておる」
「うーん。なんででしょうね、なんかぼんやりしていて掴みどころがありませんが、そう言うもんなんですよ」
「そうじゃの。そう言うもんじゃ」
牡蠣殻が徳利を差し出し、天狐がお猪口を向ける。
それを交換して、天狐が徳利を持ち牡蠣殻がお猪口を差し出す。
「私も随分人の世に染まったもんだ」
「私はあなたがそう言う恰好でいる所ばかりを見てますから、獣らしいところ知りませんね。全力で鼠を追ってるところとか。見てみたい気はしますけど?」
「鼠の味ねぇ。忘れたとは言わんが、もう彼方かのぅ」
「今はふがしですか? それとも焼きマシュマロ?」
「最近はしるこじゃ。いや、あんこじゃの」
「……あんまり食べ過ぎると体に毒ですよ」
「うむ。たくさん食べている所を見つかるとすごく怒られる。だから隠れて食べる」
「駄目ですね。アウトーですよ」
「あうと?」
「論外ってことです」
「……牡蠣殻もそう言うか」
牡蠣殻は、健康って大事だと思いますよ? と空になったお猪口を盆に戻し、冷えた肩をまた湯に沈める。
天狐は、もう一杯。と手酌し、くいっと豪快に煽る。