第2章 02
「荷物持ってくれてありがと。助かっちゃった」
早く、早く家に着け。
呪文のように繰り返すうちに漸く家が見えてきた。
住み慣れた我が家の窓から零れる光を妙に温かく感じて、知らず安心して脱力する。
赤司と隣り合わせて並ぶことで無意識に気を張っていたのかもしれない。
彼に会えるのは確かに嬉しいけれど、切なく苦しさを伴うので精神力を使う。
今回は顔が強張っていたとしても説教のせいに出来るので問題ないだろうが、今後どうだろう。
もう会わない方が良いのかもしれないと思いながら、此処まで運んでもらった礼を言ってエコバッグを受け取った。
ずしり、重さが私に圧し掛かる。自分の気持ちを代弁しているかのように思えた。
「なんてことはない」
本当になんてことなさそうに言う赤司が腕を伸ばす。
近付いてくる手に固まった。
金縛りにあったみたいに一切身体が動かない。
「ご家族によろしく伝えてくれ」
身動きが取れなくなった私の頭に、伸びてきた手が触れる。
やんわり、髪を擽るようにして撫でた頭。
瞬間、処理が縮まって耳に直接声が届いた。
金縛りというよりかは呪いにも似た声はいとも簡単に私を支配する。
撫でた手が直ぐに離れていっても、そのまま歩き出してしまった彼が目の前からいなくなっても、私は暫く動くことが出来なかった。
「おやすみ」
擦れ違い様に掛けられた夜の挨拶の言葉がじんわり、浸透していく。
沁み入って身体中を巡る赤司の温度が苛んでいく感覚に、呆然と立ち尽くすことしか出来なかったのだ。
兄の影がちらつく温もりが辛い。
容易く距離を詰めてくる温もりが、私には辛かった。
「…おやすみ」
やっと返した夜の挨拶は、誰もいない空気に溶けて消えていく。
報われない想いは徐々に、だが確実にこうして私の心を蝕んでいる。
行き場のない想いを持て余して一人勝手に苦しんでいた。
一層開いた距離と同じだけ仲も違えれば良かったと過った思いを直ぐに掻き消す。
特別視するようになった今となっては、それもまた辛いのだろうと容易に予測が出来た。
何をどうしたところで、辛い現状しか私には残されていない。