第1章 序章
一方、隣国のシュタイン城の一角では、部屋の主ととある官僚とが話をしていた。
「何卒、ご英断を・・・・・」「・・・・・」
話というより官僚が一方的に話をしているだけであった。
部屋の主は官僚に目を向けず手元にある数多な書類に目を走らせる。 陽光に照らされてもなおくらい夜の帳のような髪が風になびくのをやや、鬱陶しげに払う様はどこか気品に満ち、
色白の頬に手を当て気だるげに書類を見る聡明そうな瞳の色は深紫。
まるで精巧な彫刻のような美しい男。
「かの人が貴方様の元を離れすでに6年です。ウィスタリア国にも戻られていません。国民の事を思うならどうか、お妾だけでも・・・」
官僚の言葉に 部屋の主の傍に控えていた二人の騎士が肩を怒らせ、口を僅かに開けるも隣に座っていた主の目を見て慌てて口を引き結ぶ。
「私の知人にとても美しい容姿の娘がおりまして、ぜひ、御目通りを、」
「必要ない。お前の判断を信用できない。」
部屋の主がようやく口を開いた。よく通る低い声は気だるげであったが官僚は捲したてる様に言った
「どうか一目だけでも、町でも評判の娘です。私だけの判断ではありません。きっと国民から愛される素晴らしい妃に」
「アレは我がシュタインの国民からもウィスタリア国民からも愛されていた。」
よく通る低い声が先程より低く、氷の様に冷たい音が官僚の耳を届く。
「それを己が私欲で貶め民を謀り、俺から引き離したのは誰だ?
俺が怪我をしたと偽りを述べ、アレを傷つけ、住み慣れた故郷や友を奪ったのは誰だ?
このシュタイン国から、俺から愛する者を奪ったのは?」
低く地を這い回る様な声に官僚は自身の耳が鋭利なもので削ぎ落とされた様な感覚に襲われる。
「っ・・・・、わ、私共めにございます。しかし、次期国王候補のいない今、陛下の御身に何かあればと思うと、一刻も早くお世継ぎを・・・・」
「この俺を謀り害そうとする輩がいるのか?毒でも盛ろうという輩が?アレを傷つけた様に」
皮肉めいた声でそう問いかける男の顔は酷薄な笑みを浮かべていた。
「い、いえ、へ、陛下に対し、その様に恐れ多いこと。ですが、保身のため」
「くどい!この俺のシュタイン国王ゼノ=ジェラルドの妻はウィスタリア国のプリンセスのみだ!」
声を荒げた国王の顔は愛しい女の身を案ずる思いで歪んだ。