第3章 里帰り
振り返った先にいたのは、見知らぬ少年。
短く揃えられた髪は艶やかで烏の羽の様だが、少し乱れていた。
夜に紛れる深紫色の瞳は月明かりに照らされラベンダーの様に鮮やかで美しいが涙で潤んでいた。清潔な真っ白のシャツと紺色のズボンと言った軽装は城には若干不似合いだが何処か気品に満ちた立ち姿を際立てていた。見た所寝起きの様だ。
そして、利発そうな顔は少し所在無さげな、何処か泣きそうな顔に見えた。
貴族のようにも平民の様にも見える城に不釣合な少年
「何故ここにいる?」「さ、捜し物を」強張った声は小鳥のさえずりのようにも耳に心地よく届く。
「その、リース・・・・」手に持っていたリースを少年は見ていた。そういえば手に持っていたままだ。
「あぁ、どうやら落ちてしまったらしい。」「いえ、そのリースは其処に置いてあったものです。朝には回収するものでしたので」
ここに置かれているリースは皆がプリンセスの為に編んだものだ。しかし何故これだけ、「黄色の薔薇はシュタイン国王様が送るのに相応しくないそうです。でも、とても美しいです。明るい色の花は心を明るくします。」少年の言う通り、明るい陽だまりの様な色彩のリースはまるでプリンセスから送られたものの様に彼女の笑顔を思い起こされる。
「それに、この国のたくさんの人がプリンセスの帰りを待っています。だからこれはそんな国民を代表して、プリンセスにお伝えする為に贈ったのです。『早くおかえりなさいます様に』と、陛下の作る代わりのリースではなく、僕らがプリンセスの為に」
陽だまりの様な無垢な笑顔が愛おしく感じる。
「そうか、ならば尚の事、このリースはちゃんと飾られるべきだ。」「え?」キョトンとした顔の少年に目線を合わせるように膝を折る。
「これは国民達の想いが込められた物なのだろう?ならば床などに置かず彼女に渡すべきだ。」そう言って小さな体を抱え上げる想像以上に軽く子供特有の高い体温が心地よい。少年はプリンセスの絵にリースを飾ると一礼して去っていった。
「名前を聞きそびれたな」ふと、足元に小さな袋が落ちていたのに気づく、ミモザとカモミールの香りと美しい文字で書かれたメッセージ、その筆跡に覚えがある気がした。