第3章 里帰り
『・・・ゼノ様・・今宵も星が綺麗ですよ。』
『・・・・・あぁ、そうだな・・・よく見える。』
「・・・・・・・・・・。」
瞬く星を見上げながら、ゼノは愛しい人との逢瀬を思い出す。
俺が星を見るのが好きだというとそのことをとても大切にした・・・。
久方ぶりの逢瀬で少々乱暴に抱いてしまった夜。両の腕に捕えていたというのに目を覚ませば、風のようにすり抜けて夜空を眺めていた。包み込むように抱き寄せた俺にそう言っていた。
星明りと月光に照らされ優しく俺に微笑みかける愛しい人の顔を飽きることなく眺めていた。
『ゼノ様・・・ちゃんと見てますか?』一向に星空を見ようとしない俺に問いかける。
『見ているとも・・・俺だけの星空を・・・』
焦茶色の瞳に映る俺の姿と瞬く星達を、星をちりばめたように光る黒髪、白い肌には赤い星がいくつも散りばめられている。俺だけの・・・・
『美しいな・・・。』そう言って白い頬を引き寄せ唇を重ねた。
・・・・・・・・・・・・星空は何一つ変わらないのに、あの頃より、色褪せて見える・・・。
否、最愛の人が傍にいたからこそ、あれ程までに美しかったのだ。
この城に滞在する3日間はゼノにとっては苦痛でしかない・・・この城に息づく愛しい妻との思い出が、耳に、目に、口に、肌に語りかけてくる。
そこに、すぐ傍に・・・隣にいるのではないかとさえ、思えてしまう。そして、辛い現実を直視させるのだ。
眠る気になれず滞在の際に使われる客室を出る。
暗く静寂に包まれた廊下に足音が響く、婚約前彼女と逢瀬を重ねると決まって夜明けの前のこの時間に彼女は自室へと戻ろうとする。それを引き留めたくて、名残惜しくてこの廊下まで見送る。自室まで送ろうと思うのに、夜遅くに遠慮してか、肌を重ねた気恥ずかしさからかこの廊下に着くとすぐに走り出してしまうのだ・・・・。
走り去る直前に、いつも短い接吻を残し・・・唇に残る柔かな感触と風に乗って届く、彼女の甘い匂いとカモミールとミモザの香りを残して
愛しい人のいない廊下にあの香りはしない、深く息をつくと覚えのあるカモミールとミモザの・・・
「・・・・・・っ!」
ある筈がない、そう思いながらも歩みを止めることが出来なかった。辛い現実が待っているとわかっているのに、
自分を形成する全てが彼女を求めてやまなかった。