第3章 里帰り
『城下を案内してほしい。プリンセスは城下の出身と聞いた』
あの日そう言って案内をしてもらったのがこの市場だった。
シュタインにはない活気や品物に興味を引かれたのを今でも覚えている。
当時は、プリンセスに就任してまだ間もないながら懸命に公務を行うプリンセスの姿に関心を覚えた。それだけの印象だった。
それが、今や一生を共に過ごしたい、そう願い今だ行方も知らぬ彼女を恋い焦がれ追い求めている。
そんな自分にわずかの動揺を覚える。あの日の事も今となっては遠い思い出で大切な思い出だが、後悔がある。
思いが通じ合った後も共に過ごすことはあれどウィスタリアの城下を訪れたのはあの日だけだ。
『シュタインの城下、どんどん活気が付いてきますね。』
お忍びでシュタインの城下を案内するとあのよく変わる表情が期待と喜びでコロコロと変わるさまがひどく愛しかった。
『“町は大きな生き物なのだ”とよく父が言ってました。私たちはそんな大きな生き物の中で商いをし、その生き物に血や肉を与え、共に喜びを分かち合う。町が賑わうという事は私たちがこの街を愛し、共に生き、築き上げた証だ。と、』
愛しげに街を見つめる顔は美しかった・・・、が、こちらを見ようとしないことに若干の不満を覚える。
『あぁ、そうだな・・・。これからもこの国は変わっていくだろう。繁栄することもあれば衰退し忘れ去られていくものも・・・それでも、共に歩んでいこう』
そう言って細くたおやかな手を包むように握り、いささか強引にその形のいい頤をこちらに向かせる。『はい・・・ゼノ様』頬を赤く染め恥じらいながらもはにかむ顔はひどく愛おしく、衝動に任せ唇を奪いたいと思うが、ここは外・・・。美しくも艶やかな愛しい人の顔を衆目に晒したくはない。
『そういえば、ウィスタリアでは近々祭りが開かれるようだな・・。』『えぇ、毎年、春の訪れをお祝いして花の冠をつけた子供達から花をもらうんです。母と父はこの時期忙しくてよく手伝っていました・・・。』
プリンセスになってから失ってしまったものもあるだろう。それを与えてやることはとても難しい
『・・・・来年、共に行こう』
その約束は果たされることがなかった・・・。
「ゼノ様もうすぐ、ウィスタリア城に到着いたします。」
従者の声が耳に届き夢うつつの時間は終わりを告げる。