第1章 序章
一方、馬は女を乗せ森の奥深くへと走っていた。
まるで森に導かれるようにその歩みに迷いがない、女はいきなり走り出した馬の鬣を握りしめしがみつくことしかできなかった。
風よりも早く走る馬。高速で変わる景色と目に叩き付けられる風に耐え切れず目をつぶる。頬にかかる雫・・・夜露なのか、汗なのか、血なのかすらわからない。
きつく結ばれた瞼をほどいたのは、閉じられた瞼から光がねじりこまれ、馬に振り落とされた瞬間だった。
「・・・・・・あ」
振り落とされたときに何かが転がった・・・・自分の持っている最後の宝飾だ。
力が入らない足で地を這うように宝飾に手を伸ばす
鎖で首に下げ懐に入れていたはずなのに、鎖は氷のように冷たい。
鎖を手繰り寄せるように引き鎖につながれた宝飾にそっと触れる・・・。
愛しい人の頬に触れたときのように指先からじんわりと温もりが戻ってくる。
「よかった・・・・壊れて・・・・ない」
だが、すでに限界だった・・・この2日満足に寝ていない 否、国を出てまともに休んだことなどなかった。
足に力が入らない・・・・。
気を緩めれば引き帰そうと思ってしまう浅はかな自分を叱責し出来るだけ国から離れようとした・・・。
ここまでくれば自分を探すものなどいないだろう・・・・。
自分を知る人などいないだろう・・・。
あの人もきっと私を忘れるだろう
それをさびしく思う・・・・。
しかし、見つかるわけにはいかない・・・戻ることは許されない・・・。
深い森の中、思い出すのはあの人との思い出。初めて会ったのもうっそうと茂る森の中だった。
野盗に追われ森を走っているときに出会った。月明りに照らされた夜の帳のように紫がかった黒い髪と深紫の瞳
夜空にかかる月が大地に舞い降りたのかと思った。
・・・恋に落ちたのは一瞬だった。
次にであった城で見たあの人の姿。城下を視察していたときの顔・・・・少しずつあの人を知っていった。
降り積もる恋心は溶けることなくあの人を知るたびに徐々に積もっていった。
それは今なお変わらない・・・・ふと目の前を見る。
白い光の向こうにたたずむ一頭の狼がこちらを眺めている。
あの人の城で見つけた童話を思い出す。
さまざまな思いを浮かべながら女は目を閉じた。
手の中で青い石が煌めいていた。