第6章 5章 冒頭 運命の分かれ道
「食事をお持ちしました。よろしければお召し上がり下さい。」
優しい柔和な笑みは子を持つ母親の様に慈愛に満ち美しい、盆から漂う食欲を唆る食物の香りは蠱惑に俺を誘う。
「頂こう」
ここは何処で、何者か、色々聞くべきだろうが食欲に勝る欲求はなかった。先ずは腹ごしらえ、
「ご馳走さまでした。」
香草を使ったシチューは実に美味かった。香草で肉の臭みを消してまたハーブの香りが食欲を促進した。香草を知り尽くした使い方実に良い腕だ。
聞けばこの村は目的の場所らしく、よくよく住まいを見れば最近よく城下で目にする様になった染物を飾られていた。紋様は異国味溢れる物。目当ての人物だろう。
聞いた話では訳ありとだけ聞いたが、こんなに若い人間とは思わなかった。
しかしまぁ、なんと線の細い人だこれでは身重でなくても農作業も狩りも出来ないだろうに。
女性の魅力は『健康的で生活力があるか否か』本来ならばその様な弱い人間に魅力を感じることの無いお国柄。
しかし、彼女の醸し出す雰囲気はとても心地よい。まるで森の中の様に穏やかで神秘的だった。
「どちらまで行かれるのですか?」「王都まで、諸国漫遊の帰りに久し振りに森に入ったらこのザマです。妻にドヤされます。」
人様に迷惑かけるな!と捲し立てられそう何とか便宜を図るものが欲しい。
「では、動ける様になったらすぐに戻ってあげて下さい。
きっと帰りをお待ちですよ。」
「うーん、何か手土産をと思うのですが」
「愛しい人の無事な姿に勝るものはありませんよ。旅先で何かあったのではと案じている筈です」
顔を見れば慈愛に満ちた顔に影が宿る。酷く思い詰めたそんな表情。
「それでも手土産をとお考えならばこの村の染物などは如何でしょう?村の女達で今使っているのです。」
暗い表情はなりを潜め笑顔だけが残る。これ以上散策は不可能だろう。