第1章 序章
「おい、ユーリ。ゼノ様のご命令だぞいつまでそうしている?早くウィスタ・・・リアに」
ユーリの体が強張るのを見咎めアルバートが声をかけるが何故か言葉が途切れる。
不審に思い漸くゼノはアルバート達へと再び目を向ける。
アルバートの顔が信じられないとばかりに目を見開き扉を見ていた。ユーリも同様だ。
そうしてようやく視線を向ける。扉の前には女が立っていた・・・闇夜に隠れる鴉の様に黒い髪。
官僚たちの不正を指示したという汚名を被ることで償い父が死に、ウィスタリアのプリンセスがシュタインの王妃と認められ6年の歳月が過ぎた。
しかし、いまだ妻となるべき人は見つからない。
行方の分からなくなった日を境に官僚たちは妻と似た容姿の女を招き入れるようになった『プリンセスを見つけた』といって声高々と・・・。
それだけならばまだ良かった。しかし、
先日ある一人の官僚が連れてきた女を思い出す。美しい黒髪と焦げ茶色の瞳であった
そして、顔の半分が包帯でまかれ、もう半分は妻によく似た顔に替えられていた。
虫唾が走った。ステラを陥れた官僚が今度は彼女を歪めたのだ。
赦し難い。女を連れてきた官僚を激昂に身を任せ切り捨てようとした。
しかし官僚を殺めることはしなかった。
官僚を殺せば、愚か者が同じことをしなかったとしても、怒りに身を任せ断罪した俺を『愚王』と罵り、愛しい人を『王を歪ませた魔女』と蔑むだろう。
そして作られたものであっても、あの日、斬り捨てようとしたあの時、妻の青ざめた顔が目の前にあった。
顔の半分見知らぬ人間だが、半分愛しい人の顔その二つの顔から大粒の涙をたたえながら震えていた。
自身に非がなく、偽りだとしても争うことを拒み自ら身を引いた最愛の人がこのような裁きを望むわけがなかった。そして今度こそ罪の意識にとらわれることだろう。
妻の為を思い、己が怒りを断腸の思いで諌めた。
そのことが功を奏したのかはわからないが、あれ以来顔を替えた者は現れることはなかった。
扉に立つ女を見る。髪の色がよく似ていたが、
官僚から見た愛しい人の顔をどれほど焼きつぶしてしまいたくなるだろう
刷り込まれた恋しい人の仕草がどれだけ自身の怒りを掻き立てるだろう。
そう思い女の顔を見た。