第1章 アネモネとキス。
どれだけこうしていたのか。時折声を漏らす密さんの唇に目が留まった。形の良い唇に胸が高鳴ったのは、眠っている人に勝手に触れている背徳感のせいか。一度目が留まってから、目が離せなくなる。触れてみたい。頭を過った言葉に思考が支配された。
「………」
動かない目の前の唇に顔を近付ける。触れてしまえばきっと、次顔を合わせるときに自分だけ気まずくなってしまうだろう。それでも、今まで秘かに寄せていた想いがやってしまえと背中を押す。寝息が触れるだけで心臓が痛いほどに騒いだ。
「ひそか、さん…おきないと、きす…しちゃいますよ…」
寝ている彼に声を掛ける。それでも彼は起きない。ここで起きたら止まれるのに。
少しずつ唇が近付く。あと少しで触れそうなところで突然談話室のドアが開いた。先ほどまでの自分の行動のせいで大げさなまでに体が跳ねその場から立ち上がる。ドアから顔を覗かせたのは至さんだった。
「あ、はるちゃん。俺ここにスマホ忘れなかったっけ」
「す、スマホですか?それならさっき万里くんが持って行ってたと思います」
「万里が?あいつ、俺の邪魔するつもりか。はるちゃんありがと」
「いえ」
ば、バレてなかっただろうか。顔は引きつってなかっただろうか。再び談話室のドアが閉じられ静かな空間が訪れる。至さんのおかげで過ちを犯さずに済んだ。もう少しで戻れなくなるところだった。まだ騒いだままの胸を撫でおろし、密さんの肩を揺すった。
「密さ―――」
密さんの肩に触れた手が突然掴まれ、かけた言葉は途切れてしまった。掴まれた手を引かれれば突然のことに体勢を崩して密さんの元へ倒れ込んでしまい、腰に手を回され驚いて密さんを見上げた。
しっかりと視線が絡み、言葉が詰まる。