ヤンデレヴィクトル氏による幸せ身代わり計画【完結済】
第4章 関係が拗れる話
ヴィクトルが帰ってきたのは、それから2時間ほど経った頃だった。
置いてきた桜を心配する余り、練習に身が入っておらず、弟子や彼のコーチが彼に帰るよう説得したためだ。
扉の前に置いたチェスト、それを彼の愛犬はかりかりと引っ掻き、きゅーん、きゅーんと心配するように小さく鳴いている。
この頃にはすっかり怒りは覚めていて、むしろ酷いことをしてしまったと深く後悔を感じていた。
チェストを退けて部屋に入ると目元を真っ赤に泣き腫らした桜は出ていく時と同じ状態で横たわっている。
首を一周する痣はまだ赤黒く残っており、シーツの隙間から覗く細い身体にもおびただしい程の執着の跡がついていて、今にも壊れてしまいそうに思えた。
ヴィクトルは手足の拘束を解いて、泣き疲れて眠った彼女を起こした。
「桜…」
「ーーーっ、ひぃっいやっ来ないでっ来ないでっ誰か!いや、殺される、助けてっ」
「待って、もう酷いことはしないから落ち着いて」
震える身体を優しく抱きしめるが、彼女は安心するどころか更に恐慌状態に陥り、逃れようと暴れたり、まわされた腕に爪で引っ掻いたりと全身でヴィクトルを拒絶した。
「いや、離してっ、嫌いっ!嫌い!!」
嫌悪の言葉に思わずヴィクトルが手を離すと、彼女はすぐさま彼から距離をとった。
「ごめん、ごめんね桜」
シーツに包まり、部屋の隅で膝を抱えて震える彼女の姿に、ヴィクトルは、ショックを受けた。
まさか彼女がここまで自分を拒絶するなど、彼は考えていなかったのだ。
マッカチンが桜を心配して前足を彼女の腕に置いたが、それにも怯え、更に身を縮こませてしまった。
ふと、暗く澱んでいた彼女の瞳にに光が差した。
「おふろ」
そして、ぽつりとそう一言口にすると、ふらつきながらも立ち上がり、ヴィクトルの横をすり抜けて部屋から出た。
転けやしないだろうかとヒヤヒヤしながらも、また錯乱させては可哀想と思ったヴィクトルは見守るようにあとを付いていく。
ぱたん、とヴィクトルの目の前でバスルームの扉が閉じられてシャワーの音が聞こえ始めた。
十数分後、さっぱりと身を整え出てきた彼女はヴィクトルに簡潔な自身の意思を伝えた。
「距離をとった方がいいと思う」
「え?」