第1章 rain of lust
友人との食事を終え、帰宅しようと思ったその帰り道のこと。
手に持っていた、アイスティーのカップから伸びるストローを口に銜えようとした瞬間、背後から声をかけられた。
「・・・・?」
面倒だ。
名無しはそう頭の中でただ一言思った。
気の知れた友人とのお喋りにいい意味で疲れて、その冷たい飲み物で改めて喉を潤そうと思っていたのだ。
そんな矢先に呼び止められても、相手が知らない男なら嬉しくもなんともない。
なんの意味も持たないし、苛々としてしまうだけだった。
そして気安く肩に手を宛がわれて感じる嫌悪はどうやら顔に出ていたようで、邪見な名無しの表情は、いけると思っていたであろう男の態度を一変させる。
男はその瞬間、手のひらを返したように腹立たしい言葉を吐くと、同時に名無しの手を強引に取った。
「!っ・・・ちょ、・・っと・・・はなし――」
「人のモンに手ぇ出すなよ・・・離せ、このクズが」
「!!・・・・ナ・・ッ」
こんなこと・・・テレビでよく見るドラマの展開だ。
通りから地下鉄の駅に向け、名無しはただ帰ろうとしていただけだった。
信号待ちをしているあいだに話しかけてきた男はしつこく、相手を諦めさせる方法を、名無しはうまく考え付くことが出来ないでいた。
ゆえに唯一取ったのが、その嫌悪感剥き出しの表情だ。
掴まれた手首に一瞬痛みが走って、彼女の足元には、持っていたアイスティーのプラスチックカップが音を立てて落下した。
蓋も外れ、中身は地上にばら撒かれてしまったけれど、幸い靴も足も汚れることはなかった。
「っ・・・・」
名無しは男にどうやって、自分なりに本気で怒ろうか、どう人を呼んで騒ぎ立てようか・・・いよいよ悩んで、自ら動こうとしていた。
が、そんな折に彼女の手首を掴んでいた男の手首は逆に掴まれ、汚い悲鳴が一瞬上がる。
男を牽制したのはナッシュだった。