第60章 葛藤
「………」
「………」
辰也君が部屋を出てから部屋に沈黙が訪れる。
シーンと静まり返り定期的に動く時計の針の音しかしない。
今だに幸男さんに抱きしめられたままの状態で幸男さんも何も言わない。
「あの…ゆッ…」
「……アイツが好き…だったのか?」
「え…?」
「何で俺より…アイツの事…庇うんだよ」
「幸男さん…?」
沈黙に耐え切れず名前を呼ぼうとすると幸男さんは私をゆっくり離した。ひどく切なげな悲しい顔をしていて幸男さんの頬に触れると幸男さんも私の手を握ってくれた。
「幸男さん…私が好きなのは…」
「アイツとはどういう関係なんだ……俺だけが何にも知らねえ…完全に蚊帳の外だ。」
「……幸男さん…」
「アイツとの想い出は泣くほど聖知にとって大切だったのか?俺よりも…」
「幸男さん…!」
いつもと様子の違う幸男さんは私の声が届いていないように感じた。しきりに辰也君との話をする幸男さんにもう一度強く呼びかけると幸男さんはやっと私の目を見てくれた。
「幸男さん…ごめんなさい…不安にさせてしまって…ちゃんと辰也君の事は話します。だから…そんな顔しないで下さい。」
「…………」
「私…幸男さんに告白された時言いましたよね…人を好きになった事はないって……私にとって幸男さんが初恋です。今も好きなのは幸男さんだけです。」
「……聖知」
「…私の事…信用できないですか……」
今だに悲しそうな顔をしている幸男さんを見ると胸が苦しくなる。辰也君と私の事を完全に誤解している。
どうしたら幸男さんに伝わるのか
どうしたら信じてもらえるのか
こんなに好きなのは幸男さんだけなのに…
信じてもらえないことが苦しくて顔を俯かせていると再び幸男さんに抱きしめられた。